吸い口に一服

胸に広がるのは、熱と
深く苦い―――


「鬼の旦那って吸う方なんだ」
「………お前か」
驚かすな
「?珍しいね、一応礼儀で入り口/天井裏は叩いたけど」

普段はどんなに相手が気配を隠しても、不思議と分かるはずなのに。

「…そう言う時もあるだろ?」

苦笑と共に吐き出した、紫煙が虚空に漂う。


苦く、甘い








  ビターキス








緩く煙昇る火皿は錫
羅宇は磨かれた竹の飴色で、慮外に繊細な指に映える。

慣れた手つきで佐助は吸い口を含むと、長い時間をかけて煙草を喫し、転じて軽く紫煙 を吐く。
さして満足した様子もなく

「ものは良いけど、随分キツイな」
「苦手か?」
「うんにゃ、好き嫌い以前に匂いが、ね」

忍は体臭厳禁よ

「けど、感心しないのには変わりない」

カンっ

音高く雁首で煙草盆の縁を叩く。
灰を落とすとくるりと羅宇を回し、吸い口を元親に、火皿を自分へと向けた。

空になった煙管に、ばつ悪そうに元親は

「これでも気を付けてはいるぞ?お前が来る時や、弥九の前じゃやってねぇんだからよ」
「そうじゃなくて…」


気遣うのは、どこまでも他者で


「アンタの身体の方」
「―――……ああ」


相手の事で


ニヤリ
その想いに、無邪気に鬼が笑う。


「何、笑ってんの?」
「お前に心配されるのも悪くねぇなって」

対して鴉は、複雑そうに

「…世話が焼けるのは、真田の旦那だけにしてよね」

嘆息一つ。

「―――幸村だけ、ね」

言葉尻を捉えて元親は繰り返すが、佐助は気付かない。


己の言葉の意味も
相手の真意も
無邪気な笑みが消えたことにも


だから
空の火皿に元親が、また煙草を詰めるのを眺めながら

「―――で、何悩んでいるの?」
「ん?」


無自覚に領域を侵してしまう。
無自覚に均衡を崩してしまう。


「そう、見えるか?」
「俺の当て推量だけどね、これが存外当たるんだ。…アンタがやるのは、そういう時 かなって」

自分、虐めてるように見えるよ?

「………」

先程より火皿に詰める量が多い。構わず半ば投げやりに、元親は吸い口をくわえた。
煙草盆に近づければ、音もなくまた紫煙が昇る。


じりじりと焦がされて
じりじりと焦がれる


他意がないのが、余計に悪い。
「それ」が的確であればあるほど


「それに…」

一層強くなった匂いに、佐助は顔をしかめて

「皺よってるよ、そこ」

身動ぐ間もなく相手の指が、元親の眉間を押す。

「………敵わねぇな、お前には」

零れたのは、自嘲か諦観か
苦い 甘い

「何かあった?」




外つ国との遣り取り

それとも、弟達の事?


「いいや」


これだけ人の内を察しながら
どうしてどうして
肝心なことにこの忍は気付かない?


その歪んだ鈍さが
胸を焦がすのに


「どれでもねぇ」


吸い口に一服

胸に広がるのは、熱と
深く苦い―――


「お前だ」


想い


「え?」
「お前がいないと、口寂しいんだよ」

疑問を象る唇に、熱と煙を含んだ口付けを

「―――」

抗う舌は、煙のためか、それとも突然の行為のためか
差し込んで一舐め。ザラリと。


尽きぬ恋情

不意に名を紡がれる「主」への嫉妬

痛い程の独占欲

その対局の破壊衝動


黒い 昏い その情を
丸めて詰めて火にくべて
気付かれぬよう、悟られぬよう吐き出した


そんな思慮すら案じるのなら


「鬼のだんな…?」

解放された喉は煙に侵されて
涙声のように掠れていた。

「俺のこと心配するんだったら、早く俺のものになれ」


均衡すらも崩してしまうのなら


いっそその唇で、呼吸/いきを満たして奪ってくれ


「俺のものになれよ…佐助」

紡がれる言葉は分かっていた

「…酷いこと言うね、鬼の旦那」

儘ならない、雁字搦めのその身を
愛して欲したことを怨まれた。

それでも

「酷いのは、どっちだよ?」


構わず再び唇を
噎せ返るほどに深く


じりじりと焦がされて
じりじりと焦がれる


胸に残る 唇に残る

苦い 苦い



ビターキス










後書き

狼さんへの相互お礼です。
シチュリクが「焼き餅」とのことでしたので不機嫌チカを;;普段会ってる時に幸村の 名前を出されてもさして動じませんが、あまりそっちのことばかり佐助が考えてると 偶にイラっとしたり。それに佐助は気付かず地雷を踏んだり(酷)。1000フリーの船出 前、まだお互いの立場故に右往左往してる二人と言う感じです(分かりづらい)。 構想中はもっとほのぼの目指してたのですが、根が湿っぽいので可愛げのない話に;;
狼さん、こんなのですが貰ってやって下さいませ。 そして、いつも有り難う御座いますw

ここまで読んで頂き、有り難う御座いました。




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