こんな季節にありがちな、宗教かぶれの男が俺にこう尋ねてきた。

「アナタハシアワセデスカ?」

だと。
こんな寂れて暖房もロクに効いてないメシ屋で、12月24日に一人で飲んでる俺のどこが幸せに見える?

最悪だって答えようとして、

結局「ああ、シアワセだよ」と嘯いた。


こんな男に当たっても仕方ない。
今日はクリスマスイヴだ。
ひとにやさしく。
郷にいれば郷に従えってね。











12月のセントラルパークブルース











安いスコッチを一気にあおって席を立つ。
長いは無用。俺の優しさは短いから、また男が何か言って来たら今度は国際問題になりかねない暴言を
吐いてしまうかもしれない(現にさっき出かかった)。

勘定を払う時、ウェイトレスの顔が妙に目につく。

いや、引っかかった。


釈然としないまま店を出ると、冷たい風が直撃してアルコールを吹き飛ばした。
どうやら、安物では東海岸名物大寒波は防げない。

ふと記憶が時差を伴って符合する。

何てことはない。


先程のウェイトレスは、元親といつも飲みに行く店のバイトに似ていたのだ。


少し異国情緒のある顔だったから印象に残ってる。

何よりアイツが珍しく


「美人だな」


と女を評したから。
ああ、こういうのが好みなんだと思ったからだ。


…そんな些細な事を思い出す程俺は参ってるのか病んでいるのか。

兎に角寒い。






「短期決戦だ」と、部長/大将が言って俺はニューヨークに出張となった。

先方がクリスマス休暇に入る前に契約をまとめてくる。

確かに難しい条件であり、それを俺に任せてくれた事は嬉しい。
けど、時期が悪すぎる。

交渉は成立したが、終わってみれば俺は海外で一人24日を過ごすハメになった。


昔は仕事だと割り切っていられた(これでも俺は仕事にマジメな人間だ)が、今はダメだ。
アイツが、元親がいる。
こういう時は一緒に過ごしたいと思うのが人情だろ?

そんな事を出発前に元親に言ったらアイツは「俺も仕事だ」とカカと笑って俺を送り出した。


二人とも仕事なら理屈として仕方がない。
そしてこうして寒空の下アイツを思って病むのは感情として仕方がない。

更に寒い。






そんな事を考えながら歩いていると、目の前が開けて色が変わる。
灰色の摩天楼から常緑の林へ


セントラルパーク


広大な国土のどこかから切ってきたもみの木が、最近流行りの青いイルミネーションも豪華 に立っている。

寒い寒いと思っていたら、ついに雪が降り始めていた。
しかも風まで吹いてきて

おいおい、勘弁してくれ!

ただでさえ寒いんだ(寂しいんだ)

これ以上冷やさないでくれ。

人恋しい海外だ人肌が恋しくなる(会いたくなるじゃないか)

こんな日/クリスマスイヴにはもってこいだろうが、俺にとってはこれは何の修行だ?
我慢大会か?(寂しい 淋しい さみしい サミシイ)



いっそ凍りそうだ(会いたい 逢いたい あいたい アイタイ)。




雪に白く染まるツリーが、何故だか滲んで見えてくる。
ブルーリボンが俺の気分を表していた。


12月のセントラルパークブルース


おいちょっと待て、俺は幾つだ?

泣く歳じゃないだろ?

それでもままならない涙腺。

もういっそ帰ろうか。

国際線の最終に飛び乗ってトンボ帰り。


そんな事、出来る訳ない。
ただの衝動。
現実的なのは、さっさとホテルに帰ること。
布団被って早く寝てしまうこと。

少なくとも、寒くはないだろう?




考えがまとまりかけていると、コートのポケットに入れていた携帯が震える。
まさかと思いながら、それでも期待を込めて慌てて取り出して表示を見れば、今一番会いたい人間の名前。

図ったようなタイミングに思わず時差を計算する。
確かにかけようと思えば可能な時間であるが…
都合が良すぎると普段なら思っただろう。が、今の俺にはそんな余裕はない。

悴む手ももどかしく、通話ボタンを押した。


『俺だ。今大丈夫か?』

「ああ、大丈夫。元親の方こそ、こっちの時間に合わせてくれたみたいだけど、 大丈夫?そっちすごい時間でしょ?」

『ん?別にどうってことねぇよ』


機械越しに耳慣れた元親の声が聞こえる。
それだけで先程までの凍え死にしそうな寒さがどこかに消えた。

全く、我ながら現金なものだ

こんなに簡単に気分が変わってしまうとはね。


『交渉、上手くいったか?』

「誰に向かって訊いてるの?完璧な形で成功したに決まってる」


こんな風に軽口叩くことだって出来る。

アンタの声、ひとつだけで。


「そっちの方こそ、仕事終わりそう?」

『粗方はカタがついたな。全く元就のヤツ、容赦ねぇからよ』




ああ、でも…




『やっぱり年内一杯そっちにいるようか?』




随分俺は欲深い。





「う〜ん、メインの仕事は終わったんだけどね…折角だからって色々頼まれてるからそうなるな」




声だけでこんなにも救われる。


けど、声を聞いてしまったら
言葉を交わしてしまったら


触れたくなる
どうしようもなく逢いたくなる






「ウチの大将も、人使い荒いからね」


声が沈まないように、本心が伝わってしまわないように軽い調子で喋るけど、
バレない自信がない。

元親は妙にカンがいいから。


『なら、バタバタとトンボ帰りせずに、そっちでゆっくり出来るって訳だな?』


元親の何気ない言葉が胸の締め上げる。
アンタは何とも思ってないのかな?
俺に会えないことに。

もしそうだとしたら、それこそ本当に凍りそうだ


「そっ、海外でクリスマスと洒落込むよ。仕事付きでね」

『ああ、そうするとしようや』

「?」


その口振りが、何故だか引っかかる。
そう言えば、元親は何の用でこんな時間にかけてきた?


「なぁ元親…」


俺が疑問を口にしようとした時、電話の向こうから盛大なくしゃみが聞こえてきた。


「…風邪?大丈夫?」

『ああ、悪い。強行軍だったからな』


ますます何のことを言っているのか分からない。
いや、ひとつだけ…でも嘘だろ?あまりにもそれは願望が過ぎる。
でもさっき、確かに聞こえた


『話には聞いてたが、確かにキツいな「ここ」の寒さは』


その一言で確信が持てた。
アンタって人はどうして――――



『オマケに雪まで降り出すし…
「お前、よくそんな中一人で立ってられるな、佐助」


何百キロの海の向こうにいるはずの声が、機械を通さずクリアに聞こえる。

振り返れば、当たり前のように元親が俺の隣に立っていた。


俺は今、どんな顔してる?


『「寒くないか?」』


携帯の通話を繋げたまま、元親は会話を続ける。
どうしようかと一瞬迷うが、俺もそのまま続けることにした。

何とも滑稽な絵


「仕事、まだ残ってるんじゃなかったの?」

『「元就に頼んどいた」』

「それって押し付けたって言わない?」

『「いいだろ?ほとんど終わってるんだからよ。それに最終便行っちまうとこだったんだ」』


必要最低限の荷物を詰めた旅行鞄に、見慣れたコート姿。
とるものもとりあえず、飛行機に飛び乗ったと分かる。
恐らく、計画的だったのだろうけど、どうしても仕事が終わらずぎりぎりの所で来たのだろう (毛利さんにまで迷惑かけて)


それだけ必死だったのだと、分かる
必死に飛んで来てくれたのだと


その想いは確かに伝わっていて…
でも俺は素直に言うのがどうしても出来なくて


「馬鹿だね、勤め人が仕事ほったらかしてどうすんの?」

会えなかったことへの八つ当たりか
会えた故の甘えか

『「ば、馬鹿はないだろっ。これでも大変だったんだぞ、元就を説得して会社から空港に直で行ったんだ。 お陰で仕事の格好のまんまなんだぞ」』

まあ、別にそんなことはいい、と元親は呟いて通話ボタンを切る。
俺もつられてボタンを押し、携帯を下ろした。

声が、届く


「馬鹿でもなんでもいい。お前に会いたかった。それだけだ」

「―――……」

ああ、本当にアンタって人は

俺が素直に言えない言葉や
諦めてやらないことを

どうしてそんな簡単に言ったりやったりしてしまうのか
出来てしまうのか

ズルイと理不尽に思ってしまうが


「俺も…」

「ん?」

「会いたかった、とっても。…凍えそうなくらい」

悔しいけど好きだ。

「そっか…ならお互い良かったじゃねぇか」


そう言って、カラリといつものように元親は笑う。
その笑顔にようやく俺は、この男が海を越えて今一緒にいることを実感した。
気が緩んで、涙が出ないようにするのが苦労したけど。






雪は本格的に降り積もり、辺りを白く変えていく。

「流石に辛いな。どっかに入ろうぜ」

「いいけど、そう言や元親宿どうするの?」

まさかホテルまで予約してたのか

「ん?お前の部屋にやっかいになる」

ケロリとそんなこと言いやがった。

「やっかいって、シングルだぞ!俺の部屋」

「一緒に寝りゃあいいだろ。いつもと同じだ」

あの狭いベッドにこんなガタイのでかい奴と寝るのか?
かなりキツイぞ…
ああでも代わりに、今晩はひどく温かく眠れるだろう

「んなことはいいから、兎に角どっか入るぞ。このままじゃ凍え死んじまう」

あ、そう言や…と何かを思いついたのか

「ここ来る途中にメシ屋があったから、そこにするか」

さっさと決めて、雪で滑らないように俺の手を引き歩き出した。

途中にあったメシ屋って…

「窓から中が見えたんだけどよ、ウェイトレスが似てたんだ。お前とよく飲みに行く店のバイトとな。 お前は覚えてないだろうけどよ」

覚えているさ。
そんな些細な記憶にすがらなきゃならないほど、病んでたんだから。
でもそんんなこと、言う必要ない。
今は本物のアンタが側にいるんだから。

「へぇ、そうなんだ。それは見てみたいね」

空とぼけて俺は手を握り返す。
そう言えば、あの店にまだあの男はいるだろうか?
こんな季節にありがちな、宗教かぶれのあの男。

まだいたなら、きっと俺たちを見つけてまた聞いて来るだろう。

「アナタハシアワセデスカ?」

って。
そしたら今度は、

「ああ、とっても」

と、満面の笑みで答えてやろう。
そんな愉快な想像をしながら、二人でセントラルパークを後にした。






END








あとがき

チカサス現代リーマンパロでお届けしました。
元ネタはミスチルの「12月のセントラルパークブルース」より。
「こりゃ何の修行だ?」と雪の中喚いて「好きだ」と叫ぶ内容が、なんとも佐助にやらせて みたく…しかもリーマンいいなと趣味に走ってこんな形になりました。
最初は毒舌トークな佐助を目指していたのですが、終わってみたらヘタレでしかも乙女?
ま、まだまだ修行が足りませぬ…!
アメリカに行ったこともなく、ロクに資料も揃えないで書いているので間違いは山程。
架空の米国と思って下さい;;

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。



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