最初はただの興味本位から。

ケンカは好きだし、相手は西国の「王」。相手にとって不足はなかった。


けれど、祭衆のみんなを置いて一人敵陣に突っ込んで感じたのは、何とも言えない違和感。

陣は空で、途中思い出したように雑兵が向かってくるだけ。

その目にあるのは、底知れない恐怖と深い恨み

不思議に思いながらも敵を蹴散らし、奥に進む。行き止まりに着いた時、「それ」は始まった。




種子島/火縄銃による四方からの一斉放火。


俺をここまでおびき寄せていた兵がいることも構わず…


咄嗟に俺は地面を転がり、何発かかすりながらも銃弾の雨をやり過ごす。

けれど、兵達の方はまともに銃撃を受けて倒れていく。






ああそうか、雑兵のあの目は

恐れと恨みに染まったあの目は

これを知ってたのか




自分たちが「捨て駒」であることを。

主の計略を成立させる

歯車でしかないことを。






それに気付いた瞬間、俺の中が沸騰する。



戦場に立つ以上、命の遣り取りは承知してる。けど、こんな死に方ってないだろ?

俺は「武士」でも「忍」でもなく「傾き者」だから、こんなやり方許せる訳ないんだよ。


怒りを以て起きあがると、視線の先に細い影。






新緑の戦装束に特徴的な兜。

己の兵が次々と倒れていく光景を目にしても、眉一つ動かさない白皙の面。

それは艶麗絶佳とも言える氷の美貌。


日輪を背に立つ西国の「王」、俺が今怒りをぶつけたい奴



毛利元就がそこにいた。














落下する恋














「仕損じたか、役立たずめ。後で射手ら全てを厳罰に処せよ」


抑揚のない淡々とした声が、情のない言葉を紡ぐ。

その声の冷たさに、射手らが慄然とする。



全く、無茶苦茶だな。



俺は元就を取り巻く将に構わず、朱槍を構えてアイツとの間合いを計る。

それに気付いた元就は、円状の見慣れない刀を日輪に捧げるように掲げた。が、

すぐ隣にいた若武者が

まだ元服したての鎧も重そうな子どもが

俺とアイツの間を遮るように前へ出た。


「父上、この者は我々が討ち取ります。どうかお下がりを」


「己の分を弁えよ、隆元。そなたの器量で何が出来る?」


「ですが、あれは流れの無頼。大将自らが相手することもないでしょう」


「我の言葉が聞こえぬか?元服したばかりの何も力量のない嫡男が、 どこの馬の骨とも分からぬ者に後れを取ったとあっては我が家の恥辱。 …我の顔に泥を塗りたいのか、未熟者め」


嫡男とて、我に従わねば容赦せぬ。


視線を合わせることもなく、アイツは言葉で己の息子を切って捨てた。

隆元は一瞬、ひどく傷付いた顔をした後、

「…畏まりました」と後ろに引き下がる。


周囲の将や兵達も、それに習って「王」の前に道を開く。




俺と元就の間に遮る者はなくなり、俺たちは対峙した。




「兵では埒が開かぬようだ。我がそなたの相手となろう」


「子どもにあんな言い方はねぇだろ?アンタを心配して言ってたんだぜ」


「無用なことよ。身を案じるだけでは、何も為すことが出来ぬ。 勝つことも、生き残ることも。

…ただ徒に心を悩まし、命を縮めるだけだ」


掠れるように呟いた最後の言葉の意味は、俺には分からなかった。

そして、そう呟くアイツの氷の面が、どこか深い嘆きを帯びていたことも

気のせいだったのかどうか


けれど、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。




兎に角こいつを、一発ぶん殴りたかった。










元就の戦い方は、先程の用兵と同じく、全く兵を顧みないものだった。


「爆ぜよっ」


声を合図に俺の数手先を読んで仕掛けられた発破が、周囲の足軽などを巻き込んで吹き飛ぶ。

爆音と悲鳴が戦場に響いた。


「…っ、自分の部下だろ!?こんな巻き込む戦い方、やめろよ」


「己の兵だからこそだ。どのように使おうと、そなたに言われる筋合いはない」


俺の繰り出した槍の穂先を、輪刀の弧を描く刀で受け流しながら、 何の感情も浮かばない顔でアイツは言う。

そして、その細身のどこにそんな力があるのか、鋭く重い斬撃を返して来た。


「兵は勝つための手駒。役に立たなければ捨てるが当然の事」


その静かすぎる声に、


仕舞ったはずの記憶が揺さぶられる。

奥へ奥へ沈めた傷が、疼き出す。


「…んで、『武士』ってのはそうなんだよっ」


己が勝つために

己の望むもののために


「自分を愛してくれた人間まで、切り捨てちまうんだ!?」




風を孕み、力が槍に集中する。

渾身の力で振り抜くと、斬撃が荒れ狂う嵐となって放たれた。




「!!」


今までとは違う攻撃に、元就は本能的にそれをかわす。

だが次の瞬間、明らかに「しまった」と氷の面が崩れ、

視線を「そちら」へ向けた。





視界の端に、目標を失った嵐が勢いを弱めながら後方に控えていた隆元達のすぐ近く を突っ切って行くのが見える。





それは元就が一瞬見せた隙

俺が間合いを詰められる、致命的なその隙は

知将と呼ばれるアイツには

兵を手駒としか見ていないはずのアイツには





あり得ないことで



けれど、確かに




その時元就は、敵/俺を前にして「未熟者」と切って捨てた 息子の方に意識をそらしたのだ。




俺はそれを逃さず、深く踏み込み槍を繰り出す。

一拍遅れて元就は気付き、輪刀を振るうが、



決定的に手遅れだ






ガッ


「―――」





首の皮一枚。

言葉の通り、槍の穂先がコイツの白い首の皮膚を裂く手前で動きを止めた。





「父上!!」


離れた場所から隆元が叫ぶ。

どうやら、嵐は避けられたらしい。

正直、怒りで加減を間違えていたため、俺自身ほっとした。



何故、と言う困惑の色が元就の目に浮かぶ。

だがすぐに、この窮地をどう切り抜けるかと

雷の速さで策を巡らせている。


そんな様子を、俺は酷く近くで見つめていた。






こんな決定的な状況でもまだ、コイツは諦めない。



勝算を捨てない。

策を手放さない。



どんなに兵/手駒を使っても

どれだけ恨みの念を積まれても


己の命を使ったって―――





その果ての勝利に何の見返りはない

向けられるのは、怨嗟と恐れの念ばかり



それでも元就は

まだ戦う



一人で戦い続ける




全ては―――






「何故止めた?」


絶対零度の声が尋ねる。


「臆したか?大将の首一つ、人間の首一つ挙げることに」


視線は動かない。

俺を見据えたまま、「そちら」をもう振り返りはしない

けれど、俺には分かってしまった。



これは時間稼ぎ

少しでも遠くへ逃がすための



(誰を?)



ああ勿論、コイツが守りたい人間を



策略も怨嗟も命も全て賭けて

守る人間のために






分かってしまった



この氷の面の裏にある

無惨の策の底にある





この男の深い情





そして、一人それを背負い立ち続ける姿に

先程までの身を焼くような怒りは、跡形もなく消え失せて


「―――なぁアンタ、名前は?」


「?………そんなことを何故訊く?」


我が何者か知っているだろう

それとも、知らずに討ちに来たかうつけ者よ


「知ってるさ―――でも、アンタから聞きたい。アンタの名前」


俺は前田慶次。アンタは?


「我が名は毛利元就―――日輪の子ぞ」



何も報われることも望まないその心に






「なあ、元就」







俺は












「俺に恋をしなよ」
















真っ逆さまに恋に落ちた



















あとがき

初書き慶就です。
就さんストーリーモードが(個人的に)あまりにも寂しかったことから、自分救済で出発した ものなので、激しく妄想で出来上がってるものとなりました。
就さんのあの冷たさは、全て家を子供達を守るためで、そのためなら兵にも子供達 本人にも恨まれても構わないという徹底したものと、拙宅では捏造設定しています。
そこに至った原因としては、奥方の死とか色々また妄想を練っていて、同じく捏造して いる慶次の過去とかチカサスとリンクさせながらこのCPの話は展開していくと思われます。
連載ではありませんが、連続した時間軸の話と考えて下さい。まずは出会い編。
今回一番苦労したのは合戦と戦闘シーン。どう動いてるのか全く浮かばない…orz 慣れないことはするものじゃないとほとほと思い知りました;;

ここまで読んで頂き有り難う御座いました。



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