「ねぇ、鬼の旦那。今日はみんながおかしいんだ」


薫風通る縁側に座し、佐助は小首を傾げてそう言ってきた。


「おかしいって、何がだよ?」

「妙にみんな親切なんだよね。真田の旦那は八つになっても団子団子って騒がないし、 三好のチビどもは聞き分けがいいし…」

「佐助」


指を折って数えていると、襖が開かれ凛とした女の声が届く。


「才?」

「茶が入りました」


茶器と茶菓の乗った盆を捧げて、背の高い女が入る。

二人の前に盆を置くと、慣れた動作で茶を注ぐ。着ているものや姿から、この家の侍女と思えるが、 隙なく構える挙措が尋常の女でないことを感じさせる。

給仕が終わると元親に向き直り、


「長曾我部の殿も、ごゆるりと」


一礼して、音もなく下がった。

女が部屋を下がると


「ね?才蔵も朝から『台所のことは全て任せて下さい』って、飯の支度全部やってるんだ」

まあ、何時かの時みたいに、竈を吹き飛ばさなければ別に構わないんだけどね。

「みんなってのは、今ここ/真田邸に詰めてる奴らって訳か?」

「んにゃ、『外』に出てる奴らもなんだよね〜。いつもより報告が速かったり、頼んでない仕事まで してくれたり…一斉にってのが引っかかる」

「偶にはそんな事もあるんじゃねぇか。幸村も九人も、お前が忙しいって知ってるから気を遣ってるんだろ」

「そうだといいんだけど、何か、裏があるような気がして…」


釈然としない様子で、佐助は才蔵がいれた茶を一口含む。そして、あ、と何かを思い出し


「そう言えば、何日か前に竜の旦那と雪ん子の二人がいきなり来て、『してもらって嬉しい事って何だ?』って 聞いてたな」


それを聞くと、元親はどこか面白そうに聞き返した。


「へえ、政宗といつきが来たのか。それで、お前は何て答えたんだ?」

「そん時は忙しかったしいきなりだったから、適当に『休みを貰う』って言ったけど…その後にね」

「まだあるのか?」

「前田の風来坊が来て、同じ事訊いた」


そこまで聞くと、元親は堪らず大声で笑い出した。


「ははははっ!慶次まで来たか!そりゃあお前、随分好かれたもんだ」

「?一体全体、何だって言うの」

それに

「これも珍しいよね、鬼の旦那から会いに来てくれるなんてさ」

「ん?まあ、いつも来てくれてるからな。偶にはいいだろ」

「…本当、分からないよ今日は。みんなが俺のやることやってくれちゃったもんだから、暇で仕方ないよ」

「なら、ゆっくりしてろよ。俺はお前といられりゃ、それで充分だからよ」

何なら、ここで寝てたっていいんだぜ


ぽんと自分の膝を、元親は叩いてみせる。

それに佐助は、今はいいよと微苦笑で返した。



面白がって笑いながら、本当のことを、言ってしまおうかと元親は考える。

だが、毎日忙しく立ち働く佐助が今日が何の日か知ったら、きっと機嫌を悪くするだろう。

彼を気遣う主や仲間達、そして元親自身の思いはただ純粋なものだから

ここは黙っておこうと、そう思うのであった。



しかし半刻後、右に清海、左に伊三の手を引いて庭先にやって来た幸村と三好兄弟の口から 同時に『お母さんいつもありがとう』と言う言葉が出たことで、元親の気遣いは無駄になった。

主と子等の言葉を聞いた佐助が複雑な表情をしたのは、勿論言うまでもない。





『今日は何の日』




あとがき

母の日でチカサス+真田主従。十勇士を書きたくて無理矢理書いたネタでした。まだ設定 固まってなかったので、色々おかしい人々…。
幸村や十勇士だけでなく、奥州組や慶次、みんなにとって佐助はオカンだと言いたいだけ の話でした。因みにチカは妻の意味でオカン…。佐助は心底否定したいでしょうけどね。

ここまで読んで頂き、有り難う御座いました。



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