「お館様ぁぁぁぁぁっっ!!日頃この幸村を教え導いて下さり有り難う御座いますっ」

某の感謝の気持ち、受け取って下されぇぇっ


ドカッ


「幸村よっ、お前も日々真の男へと成長しているっ!だが、慢心するでないぞぉぉぉぉ」


ドコッ


「おやかたさまぁぁぁぁ」

「ゆきむらぁぁぁぁぁぁ」


ドカッ ドコッ バキッ


「一体、普段と何処が違うって言うんだい?」


今日も今日とて躑躅ヶ崎の館で繰り広げられる師弟の殴り合いに、今日も今日とて佐助は溜息を吐く。



一月は正月で年始めにと殴り合い

二月は節分で鬼に負けぬ男になれと殴り合い

三月は桃の節句で男には関係ないと殴り合い…



そんな具合で一年中殴り合ってるこの二人に、「父の日」というのは理由になっているのだろうか? 甚だ疑問に感じながらも、佐助は二人が力尽きるまで大人しく傍で控えていた。



「やはりお館様は男の中の男っ!あの熱い拳に俺は燃えたぎったぞ」

「はいはい、それはいつもの事でしょう、全く…。ところで今日は一段と派手にやられたじゃない?フラフラだよ」

「何の!これ位で倒れるようであれば、俺は修行が足りぬっ!」

―――あれで立ってる方が異常だろ

「まあ、海野のセンセイも詰めてることだし、手当はちゃんとしてもらうからね」


そんなことを話している内に、二人は邸へと帰り着く。

門を潜って佐助が主の帰りを奥に知らせるよりも早く、玄関から慌ただしい足音が聞こえてきた。


バタバタバタ


二人の足音が、寸分違わずきれいに揃って一人分に聞こえる。

そして、


『若あぁぁぁぁぁぁぁーー』


声も。


「おお、清海に伊三。今帰ったぞ」


勢いよく置くから駆けてくる幼い子等を、幸村は両手を広げて迎えようとする。だが、


「え、ちょ…止まれチビ共っ!今旦那はお館様とやってきたばかりで…」


二人の駆けてくる速度が尋常でないことに気付いた佐助は、制止の声をかけるが…


『いつも有り難う御座いますっっ!!』


ドコンっ


『あ…』

「旦那あぁ!!」


遅かった。

駆ける勢いが付加された渾身の体当たり(×2)によって、幸村は遠い遠い空に一瞬星になった。


三好清海入道・伊三入道。

十を少し出たばかりの十勇士最年少の兄弟は、同時に十勇士一の怪力であった。



「流石に先程の当て身は効いたぞ。成長したな、二人とも」

「何寝ぼけたこと言ってるの旦那!?十蔵が見つけなかったら危なかったんだよ」


三好兄弟に幸村が弾き飛ばされた後、佐助はその時邸に詰めていた十勇士を総動員して捜索に当たった。

半刻後、遠目の効く筧十蔵によって発見され、今に至っている。

医師海野六郎の見立てによると、信玄との殴り合いの負傷を含めて全身打撲と肋骨にひびがいっていた。


「それにチビ共っ!」


キっと佐助は幸村の枕元に控える兄弟に向き直る。


「いくら真田の旦那が規格外に頑丈だからって、お前達が全力でぶつかったら危ないだろ」

「でも猿飛…」
「だけど佐助…」


大切な主を思わず傷つけてしまったことや、佐助に怒られたことで、幼い兄弟はしゅんと項垂れる。

いつもは揃う声もばらばらであった。


『拙/愚僧は』


「それに、旦那だったからこれ位で済んだけど、もし他の人間に当たっていたら…」

「そう二人を責めるな、佐助」

「旦那…」

「伊三も清海も悪気があってやったのでないことは、お前も分かっておるだろう?一体どうしたんだ?」


最後の言葉は兄弟への問いかけであった。

幸村に優しく顔を覗き込まれると、それまで項垂れていた二人は顔を見合わせ


「今日は『父の日』だから…」
「愚僧達、若に何かしたかったんです」


『若は我らにとって大切な「父様」だから』


「でも、何をすれば若が喜んでくれるか拙僧達では分からなくて…」

「それで愚僧達、若が館でお館様と楽しそうに殴り合ってるのを見て…」


『我らが全力でぶつかって行けば、きっと若も喜ぶと思ったんです』


「あぁ…」


その言葉に、佐助は軽い眩暈を覚えた。

―――どこで育て方間違ったんだろ、俺…

どこの国に、相手を殴るのが孝行だと言う人間が己の主以外にいるだろうか



「あのね、旦那とお館様のはただの…」

「そうか。二人とも、良い贈り物を考えてくれたな」

「へ?」


幸村の思わぬ言葉に、佐助は耳を疑う。


「俺はとっても嬉しかった」

「旦那?」


訝る佐助に幸村は緩やかに微笑み、


「日頃の他に、今日のような節目節目で俺とお館様が拳を交えるのは、互いの無事を喜んでのことなんだ」

「―――…」

「何時己も相手も命を落とすか分からぬ乱世だ。こうして殴り合えるのは互いに無事な証拠。それにお館様は…俺の拳を受け止められることで、俺の成長を感じ取って喜んで下さる。それが何より俺は嬉しい」

だから

「お前達が俺を跳ね飛ばせるほど無事に、そして強くなったことがとても嬉しいんだ」


何より「親」の喜びは、「子」が健やかに育つことだから


「ありがとう清海、伊三」


ふわりと幼い子等の頭を撫でてやった。

その柔らかさに二人は深く安心した。そして、


『…若あぁぁぁぁぁっ!』

「あ!だから旦那は今っ…」


佐助の制止は再び間に合わず、感極まった怪力童子二人は、ありったけの力で主に抱きついた。


ゴキっ


『あ!?』

「ぐっ…」

「あちゃ…」


鈍い音が室内に響くと、二人を抱えたまま幸村は頽れた。


「旦那ー!!」

『若!!』


取り乱す三人から少し離れた部屋の隅で、それまで黙って控えていた六郎は


「完全に折れましたね…」


どこか諦観の笑みを湛えて診断した。



後日


「しかし、この歳で子を持つ親の心を知るとは思わなんだ」

「…だったら、14、5で旦那の保護者になった俺の立場って何ですか?」


未だ添え木を当てて寝たきりの幸村は述懐し、身の回りの世話を焼く佐助は遠い目をした。

勿論、三好兄弟のみ面会謝絶であった。





『親の心 子の心』




あとがき

父の日で真田主従(十勇士)。書きたかったのは勿論三好兄弟で。
兄弟が幸村を父親のように慕ってると言う設定が出来て、書こうと思ったネタです。
実は、動かしてみて初めてキャラがつかめたと言う見切り発車感満載な代物。その内九人 分の設定をまとめたいものです。因みに、拙宅ではCDドラマ設定に捏造を加えている ため、幸村は孤児となっております。お館様が父親、母親は言わずもがなで(笑)。
何やら行事物の度に十勇士が出てくる気が…

ここまで読んで頂き、有り難う御座いました。




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