前触れもなく、夏空に一閃
烈光が走る。

継いで轟音。

天がひっくり返るような土砂降り。


ザー…


「わっ!いきなり来たか。於才、洗濯物!!」

「はい」


ばたばたばた


慌ただしく佐助と才蔵二人の忍が、物干し竿ごと洗濯物を縁側に避難させる。


「甚八君、そこにいると濡れますから、お上がりなさい」

「…困る、濡れるのは」


縁の下に六郎は呼びかけ、奥の暗がりで寝ていた甚八がのそのそと這い出す。


「唸れ唸れ!」

「光れ光れ!」

『嵐だ!!』


空の急変に、手を叩いて清海と伊三の兄弟ははしゃぎ回る。


「こらチビ共!喜んでないでこっち手伝え!!」


びしょ濡れになりながらも洗濯物を死守する佐助。

そんな騒ぎから少し離れて部屋の片隅

膝を抱えて小助は身を小さくしていた。

庭で皆が騒いでいる間も、空は間断なく光り、耳を聾する雷鳴が鳴る。

その度に、小助の肩がびくりと震える。自身でも、呼吸が速くなるのが分かった。


小助は雷が苦手だ。

理由は分からない。嫌な記憶と重なるのかも知れないが、兎に角空が低く唸るだけで

何とも言えない不安感が胸を占めた。


―――落ち着けよ!こんなのただ煩くて眩しいだけだ…!


そう、自分に言い聞かせてみても、軽い破裂音に震えが止まらない。

息が苦しい。肺は息ばかり吸ってはき出さない。

不安が強くなると表れる、過呼吸の癖が始まった。


―――ああ、まただ…


外に助けを求めるよりも、苦しさに耐えようと目を強く閉じていると


「小助、どうした?」


頭上から声が届く。

聞き慣れたその声に目を開けば、小助と良く似た顔が心配そうに覗き込んでいた。


「幸、様…」


掠れた声は、言葉になっているだろうか。

信頼する主が傍にいることの安堵と、主を煩わせたくない部下としての矜持で 意識的に息を吐き出す。


「また苦しいか?」

「いいえ…急に涼しくなったんで、冷えたみたいです」


雨で蒸し暑さは飛んだが、勿論暑さは変わることなく。

見え透いた誤魔化ししかできない自分が歯がゆい。

言葉通りでないことを承知しながら、幸村は


「そうか」


あっさり頷き、そして小助の傍らに腰を下ろす。

「―――!」

「一緒にいる方がぬくいだろう?」


そう、柔らかく微笑まれては、小助は「はい」としか答えようがない。

実際、伝わってくる体温が胸に染みた。

ひとまず呼吸が落ち着くと、屋根を打つ雨音が耳に届く。雷も一時落ち着いたらしい。

しかし、遠く唸る音は止まず、何時また鳴り出すかと不安がよぎった。


縁側から、


「あ、ずるいぞ穴山!」

「あ、ずるいぞ小助!」

『若の隣は我等が特等席ぞ!!』


寸分違わず足音揃えて、三好兄弟が駆け込んできた。


「煩いなぁ、ジャリ共。幸様がボクの隣に座ってるんだ、文句を言われる筋合いはないよ」

「良い。二人ともこっちに座るか?」

『はいv』


空いた方を幸村に示され、二人は等分に主の傍らへと侍る。

三人が幸村を囲むように密着・車座になった状態である。それを洗濯物を取り込み終えた佐助 が見ると、


「うわ、暑苦しくないかい旦那?」

「小助が雨で冷えたのでな、皆で暖めてやっている。佐助、暖まるように 茶を煎れてくれぬか?」

それと団子もな

「へいへい、餓鬼には甘いって言うのに、本当忍び使いが荒いこって」


言いつつ、佐助は台所へと八つの準備をしに行く。


「若、嵐は過ぎてしまったのですか?」

「雷もう来ませんか?」


袖を引きつつ兄弟が口々に問いかけた。


「二人は雷が好きなのか?」

『はい、とっても』

「ゴロゴロと大きく鳴って強そうです」

「ピカピカと光って綺麗です」

『天を裂いて落ちるときなどもう!』

「そうか、俺は小さい時、雷が恐くて仕方なかったな」

『え?』


主の思わぬ言葉に、それまで嬉々として語っていた兄弟も、それを苦々しげに聞いていた 小助も同時に驚いた。


「若が?嘘ですよね?」

「若は強い人なのに…?」

「俺とて恐いものもある。そうだったろ、佐助?」

「そんなこともあったねー。旦那、弁丸様の時、雷が鳴る度に信之様か俺に泣きながら しがみついてたっけ」


茶と団子を持って戻ってきた佐助は、しみじみと頷く。その仕草に偽りは見えない。

小助は信じられないと言った面持ちで、幸村の顔を見つめた。


「今は…平気なんですか、幸様?」

「ああ、大丈夫だ。兄上に恐れない方法を教わったからな」

「恐れない方法?」


聞き返す小助に、幸村は柔らかく頷く。そして視線を庭の方に向け、


「雷が恐いのは、要するに、急に強い光りや音を聞いて肝が潰れるからだ。どんな強兵 も不意をつかれれば、浮き足立つであろう?」


まあ、確かにそうだと頷く。


「故に、構えておれば不意はつかれない。その構え方を教わった」

具体的には数を数える。

『何の数です?』

「雷が光ってから、音がするまでの時間だ。数えている内に気構えが出来る。それにな、 不思議なことに音がするまでに時間がかかればかかるほど、雷は遠くにあるらしい。 こちらに落ちてこないかどうかと心配せずにすむ」


幸村の言葉は至極自然で、何でもないことのように聞こえてくる。

果たして、そんなこと位で治るものかと小助が首を傾げていると、


「また聞こえてきたな。ものは試しに皆で数えてみるか」

『はい』

「こりゃまた懐かしいね〜」


口々に兄弟と佐助が頷く中、静まっていた大気が、またざわめき出す。小助の身体に 緊張が走った。

と、幸村が顔を覗き込む。その表情は変わらず落ち着いていて、小助は暫く逡巡した後 頷いた。


「あ!光った」


清海の声に、思わず後じさる。だが、他の皆は外に視線を向けていて、小助の動揺は 悟られずにすんだ。

当然、幸村は分かっていたが。


「では数えるぞ」



ひとおつ ふたあつ みっつ よっつ…



開け放たれた障子から嵐の空へと、幸村達の声が溶けていく。

小助も数えながら、ふと、手に温もりが伝わった。幸村の手が、小助の手を握っていた。


「―――…」


瞬間、天が鳴く。

振動が肌を駆け抜けた。

けれど、握られた手の温かさと強さに包まれて、胸が震える事はなかった。


「今のも大きかったな。また来るぞ」


言う傍から雷光。

口をつく数。

手は握ったまま。


―――ああ、そうか…



恐らく主もまた、兄に手を取られて数えたのだろう。

気構えよりも何よりも、手を取り、一緒に数を数えることで

相手が「傍にいる」と、確信することが

安心するのだと小助は気がついた。


数える声に合わせて

深く息を吐いた。



何度か数えている内に、時間差は長くなり


「もう行ってしまったな」


いつしか音は遠く、雨音も弱くなっていた。


「さて、夕飯の支度でもするか」

『今晩は何にするのだ?』


それぞれに立って部屋を出る中、幸村は小助にフワリと笑い


「次の時も皆で数えてみよう」


そうして、小さく


「今度苦しかったら、ちゃんと偽らずに言うのだぞ?」


労る言葉を。


「…はい」


答えて継いで、自身にとって至上の人を、小助は深く拝した。




『ひとふたみいよ』





あとがき

雷が落ちてきたことから降ってきたネタ。雷を怖がるキャラとかシチュとかが好きです。 自分はまったくその逆ですが。開けた所で見るのは綺麗だと思っています。
小助は、普段はひたすら女王気質ですが、意外とストレスに弱く過呼吸の癖があると言う ぼんやり設定。幸村の10代組への可愛がり方は、まんま兄様からの受け売りで。特に 小助は、小さい頃の自分を見るようなものなので、一層兄様の気分になるとか。

ここまで読んで頂き、有り難う御座いました。




main  Top