「見ろ伊三、綺麗な花ぞ」
「本当だ清海、曼珠沙華ぞ」

川岸の下に咲く、赤い紅い花を童達は見つけた。

「若の様に真っ赤」
「若に差し上げたら喜んでくれるかな?」
『きっとそうだ!!』

決めるが早いが、清海は岸から身を乗り出し、曼珠沙華に手を伸ばす。

「伊三、こっちを抑えていろ。手を伸ばせば取れる…」

片割れに求めた手は、しかし案に反して強い力で引き戻された。
大きな掌が包む。

「それは止めておきな、童共」

片方の手では伊三を抑え、もう片方で清海を引き、鎌之助は岸辺から力ずくで引きした。
突然の邪魔に、兄弟はすぐさま不機嫌になり

「?何故だ由利」
「いきなり出て来て何を言う、鎌之助」
「ハハ…折角人が忠告してやろうと言うのに、相変わらず礼儀を知らない餓鬼共だ」

悪びれもせず鎌之助は笑う。
その言葉に二人は声と身体を揃えて

『忠告?』
「曼珠沙華…彼岸花はあの世の花。手折った者は勿論、それを贈られた者も『向こう』 に連れて逝かれるぞ」
「う…嘘だ」
「花で人が死ぬものか!」
「出鱈目だと思うんだったら好きにしな。それで お前様達と一緒に若君が死んでも私は一向に構わないさ」
「!!若が…」

この上なく慕う主の名が出た途端、二人の威嚇する空気が一変した。
そして、意見も。

「な、ならば止そう」
「別に、お前の言葉を信じた訳ではないからな、鎌之助。 万が一若に何かあってはならないから…」
「そうそう、童は素直に大人の言うことを聞くものだ♪」

満足そうに頷く鎌之助の様が癪に障るのか、兄弟は苦々しげに不満を口にする。

「…お前はいつも我等の邪魔ばかりするのだな、由利」
「凌霄花を取る時も、芥子の花を摘む時も、いきなりやって来て駄目だ駄目だと口煩い」
「由利のけちんぼっ」
「鎌之助の臍曲がりっ」

最後にはあかんべーまで付ける子供らしさで、清海と伊三は河原から走り去った。
残された鎌之助は、二人のらしすぎる言動に苦笑を浮かべ

「おやおや、捨て台詞までよこされるとは、私も随分嫌われたな」
「お前がわざとそう言ってるからだろ」

不意に、背後から声が届く。
慣れた気配に鎌之助は動じず

「おや?聞いてたのかいコロ助」
「コロ助言うな!!『小六』は海野先生とかち合うから仕方ねぇけど、 それは原型留めてないだろうがっ」

常に茶化して呼ばれる名を、律儀に小六は訂正する。
その真面目さが、相手の興味を引くのだと言うことに気付かぬまま。

「『ろ』が残ってるじゃないか」
「それだけだろ…」
どこまで強引なんだ

半ば諦めたように、溜息を吐く。

「全く、それだからお前は誤解されるんだ。さっきもそうだが、 何故清海達にちゃんと言わなかったんだ?」

『彼岸花は足場の悪い所に咲いて危ないから取るな』と

「凌霄花は毒が強いから、雨の日の後は花の下に立つと 水滴が入ったら目を潰すとか、芥子はクスリでやばいとか… ちゃんと理由を言やあいつらも納得するだろ? それをわざわざ若旦那の名前出して脅かして…」
「理り分けて説くのも大事だが、脅かした方が手っ取り早いし、何より絶対近付かない」
お前が正にそうだったじゃないか

昔から、互いに相手の存在は変わらず

「そりゃそうだけど…餓鬼にはいいが、それでワリを食うのはお前だろ」
「―――……」

底辺にある思いも変わらず

「ん?何だよ」
「…いや、コロ助は鍛冶の腕は未熟だが、良い子に育ったな〜と」

言いつつ、ガシガシと鎌之助は小六の頭を掻き撫でる。

「なっ…!俺はもう20だ!!何時までも餓鬼じゃない…って、頭撫でるな!頭!!」

鎌之助の真意を知ってか知らずか、小六は変わらない反応を見せた。

「ハハ、私は嬉しいんだから素直に撫でられていろ」

それが鎌之助にはたまらなく喜びであった。




『対岸の花』




あとがき

お彼岸ネタで十勇士。台詞のみだったのを少し書き換え。
小学生の頃「彼岸花はお母さんにあげてはいけないよ。あげたらお母さんは死んでしまう から」と、そんな噂がありました。毒でもあるのかと思ってましたが、 よくよく考えてみれば、学校の近くにあったあの花はどれも水辺や足場の悪い土手に咲い ていたので、きっと子供の水事故を避けるためだったんだろうなと。
本人が危険な目に遭うより、親を持ってくるところがなんとも巧妙。 そんな事を思い出しつつ。
拙宅の鎌之助と小六は幼なじみ設定で。きっと昔からからかわれていたのに違いないかと。 そして小六がコロッケ好きかどうかは未定です(何?)

ここまで読んで頂き、有り難う御座いました。




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