もう朝かと目を開ければ

伏せた長い睫、筋の通った鼻梁、淡く紅い唇

ふと自分とは別の体温と、肌の柔らかさが伝わってきて


至近距離に気持ちよさそうな女の寝顔があるのに気付いた。











 生ぬるく甘く繰り返す日々












「……佐助?」


確認するように名を呼ぶ。勿論眠っている相手からは反応がない。穏やかな寝息が聞こえるだけ。

試しに昨夜の記憶を反芻してみた。


昨夜は遅番のバイトから帰って、飯食って風呂入って論文にも何も手を付けず寝ただけで、 こいつが俺の部屋に来たことも、ましてや俺の隣で寝た覚えもない。


けど、別に珍しいことでもない。


コイツには部屋の鍵を渡してあるし、好きなときに来ていいとも言ってある。

実際、佐助はふらりと訪ねてくることが多かった。


大方飲んでいてか、もしくは専門の話でもしてて終電を逃したのだろう。

もう半期も終わったことだし。




そんな当て推量をつらつらと浮かべながら、俺は佐助を残して寝床から起き出した。

ユニットバスの洗面台で顔を洗うついでに、昨日は夜で出来なかった洗濯機もかける。

骨董品(全自動じゃなく入れ替え式だ)のせいか、小さい体でごうごうと洗濯機は唸る。

その音に起こされて、のそのそと佐助が起きてきた。


「おはよ、チカ」


寝起きのせいで声がどことなく甘ったるい。


「昨日は随分飲んだみてぇだな」

「う…ん、風呂貸して」


俺の問いかけに答えたのか答えてないのか判然としない呻き。

佐助は俺の返事も待たずにバスタブに入ってしまう。

そうしてカーテンを閉めると、上から脱ぎ捨てた服も下着もまとめて放り投げてきた。


全くのマイペース。

要求のままの行動であった。


その様子に寝起きの今は何を聞いてもダメだと諦め、俺はそこらに散らばる衣類を 片付けて風呂場を出た。


女の風呂は長いから、先に朝飯を作っておこう。

シャワーの音を聞きながら、そう溜息を吐いて。




だが、佐助が風呂場を占領して1分と経たず、冷蔵庫を漁っていた俺の真後ろにある 風呂場のドアが勢い良く開いた。

手狭な賃貸は水回りを集中させているため、流しと風呂場の間は人一人分が限界で、 ドアはそのまま俺の背中に直撃した。

地味に痛ぇ。


「チカ!!」


後ろから佐助の高い声が聞こえる。


「っ痛…!ちったあ気をつけて開けろっ」

それが一晩泊めて朝食まで作ってやってる恋人への態度か?


と、礼儀を教えようとした俺は、しかし相手の姿に言葉を飲んだ。


「チカが無駄にデカいからでしょ?ただでさえ狭い部屋が余計にだよ」


そう捲し立てる佐助は、下着の上にシャツ一枚着ただけ。

シャツの裾からほっそらとした白い足が、素のまま二本伸びていた。

身体も拭かずに出てきたのか、柔らかい肌に水滴が流れる。


「って、下穿けよ…!」

「?別に、チカだから俺様気にしないよ?」

「お前が気にしなくても俺が気にする」


流石に目のやり場に困るだろうが。

目線が泳ぐ俺に、佐助は「?」と首を傾げる。

どうやら自分の今の格好には全くの無自覚で、


「そんな事より、そこ座って顔貸して!」


矢継ぎ早に命令してきた。先程までの緩慢な動作が嘘のようだ。


「一体急になんだよ?」

「昨日教えて貰ったこと、忘れないうちに試しておきたいの」

ほら、ご飯はいいから早く!


そう言って佐助は俺の腕を取り、部屋の方へ引っ張っていく。


昨日覚えたこと…

酷く嫌な予感がした。


床に座らされ、目の前に佐助の「仕事道具」を広げられると、予感は確信に変わる。

ついでに先程の当て推量も。


「顔も洗ってあるし、髭もあたってるね…よし、まずは下地から」


俺の顎を掴み、上下左右矯めつ眇めつ顔をチャックすると、佐助は傍らの瓶を取って中身 を綿に染みこませた。

それで手早く俺の顔を拭いていく。


やっぱりこうなったかと、俺はなすがままの状態で小さく嘆息した。

理容系に通う佐助は、化粧や髪型等の話になると際限なくそれに打ち込む癖がある。

俺も延々と話を聞かされたり、新しい手法を知るとこうして「試験台」として弄られることがしばしば…

勿論、女の化粧や髪型である。去年の年末には成人式用の着付け練習にと、振り袖まで着せられた。

俺も好きこのんでやってる訳ではないが、その時のコイツは有無を言わせない強さがあるので、どうにも逆らいきれない。

まあ、他にも理由はあるが…


先程の言葉から考えるに、昨夜また新しいネタを仕入れてきたようだ。


「今度は口か、眉毛か?」

「ううん。目」


何重にもなる下地を終えて、佐助は短く答える。

次に置いてあるハサミやら小瓶やらを手繰り寄せて、


「かすがにね、色の置く位置や比率を色々聞いたから試したかったの。後、描き方もね」


道具もそうだが、こう言うときのコイツの言葉はまるで俺には分からない。

専門外だから仕方がないのだろうが…


「いつ見てもチカの肌って綺麗で化粧映えするよね〜」

「そう言われても全然嬉しくねぇよ」

「そう?俺様はとっても羨ましい」

ほら、目伏せて


長い指が伸びて、瞼を下ろす。

風呂から出て時間が経ったせいか、指先は酷く冷たく心地よかった。


羨ましいって…別にお前は他人を羨む必要もないだろ?

あんだけ白くて、柔らかい肌してるのに

先だってそうだ。何も穿かずに素のまま伸ばした足はきめ細やかだし、目を閉じる前に 一瞬シャツから覗いた胸元の白さにだって、餓鬼みたいに動揺しちまった。


勿論今も、足はそのまま。

近いせいか、時折柔らかいものが触れてくる。


あー…ある意味こりゃ拷問か?

相手の呼吸も、肌で感じられるほど近くだって言うのに、何も出来ない生殺し。



いつもどうしてこう、俺は懲りないんだか



下地以上に片方の瞼の上を何重に塗られてる間、ふと薄く目を開く。

最初に目に入ったのは、形の良い顎とふっくらとした唇。

淡く色づいたそれは、作業に集中してるせいか半開きに

寝起きの時の距離より、猶近くにあった。


慎重に視線を上げれば、形の良い指が器用に動く様が見える。

と、手が離れ、佐助は身を引く。片方の瞼が出来上がってそれを確認しているらしい。

自分の「作品」を見る目は真剣そのもので

その目がすぐ近くに在ったのだと悟った瞬間、俺は佐助の腕を掴んでいた。


「チカ?どう…」


問いかける暇も与えず、そのまま、噛みつく勢いで唇を自分のそれで塞いだ。

伝わる温度や感触が、先程至近距離で見た淡い色を思い出させる。

それまで佐助が俺に被さるようだった姿勢が、逆転して今度は俺が佐助に覆い被さり 押し倒した。


「ちょ…チカ!まだ途中!!」

「片方出来たんだから充分だろ?」

「良くないっ両方やんなきゃ意味ないから!!」


腕の下で佐助が騒ぐ。しかし関心事はあくまで化粧の方で、この状況に対する 危機感は全くない。

まあ、初めての事でもないからな。

と言うよりは


「いつもは俺様のが終わってからでしょ?」

「今回は前払いだ。でなきゃ一晩分の宿代と風呂借りた分だと思え」

貸し借りは嫌いだろ、お前?


好きな時に来ていいと言っておきながら、理不尽に言質を取る自分がいた。

それでも熱は、抑えられず。


「う…その言い方はずるいよ」


反論できずに佐助は詰まる。

「試験台」の後、そのまま事に及ぶのは、もう俺達の間では自然な流れになっていた。

それが今回、佐助の無警戒さと俺の餓鬼みたいな衝動で前後が逆転した。


誰が悪くて、誰がイケナイかなんて

取りも直さず、そんな格好で俺に近付いたお前だ、佐助。


「まっとうなギブ・アンド・テイクだ。大人しく喰われろ」

「分かったよ…ああ、せっかく片方描いたのに台無しだ」

「後で好きなだけ両目ともやらせてやるよ」

「それまでに俺様が描き方覚えてたらね」


そう嘯いて、佐助は俺の首に腕を回した。






嫌々ながらも結局、コイツの実験台に付き合っているのは

目の前で「お預け」を喰らいながら、至近距離で作業に集中する張りつめたコイツの顔が

無防備な寝顔よりそそるなどと言う


何とも即物的で青臭い、「欲」からで


何度もそれを繰り返す、俺自身とコイツに思わず苦笑が漏れた。


これでコイツが懲りて、シャツ一枚で風呂場から飛び出てくることが無くなると良いのだが

それはそれでまた期待してしまう


餓鬼らしい、健全な自分の思考であった。














後書き

随分前に日記で妄想してた院生チカと専門生ニョ佐助の現代パロです。佐助はマイペース にチカを振り回すおぜうさん。チカはそれにやれやれと思いつつしっかり主導権握ってる 若造で。
ぬるく甘くただ日常の遣り取りを、と思って書いたら、予想以上に頭の悪い話になり ました…orz
一応、佐助の一挙手一投足にムラっとくるまだまだ青いチカというのがテーマでした (テーマ果たせてない)。佐助の生足書けただけで自分では満足です(痛)

ここまで読んで頂き、有り難う御座いました。




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