「喜多!喜多!!」



パタパタと軽い足音が廊下に響くと、いつきが野兎のように飛び込んで来た。



「どうしました?いつき」



針仕事の手を止め、縁側に座した喜多はおっとり問いかける。

だが、つい先程戦地の弟から頼りが届いていたため、彼女には用件が分かっていた。



「政宗から手紙が来ただ!」


「殿から…それは良う御座いました」



穏やかに頷かれると、いつきは喜びが大きいのか、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

その度に、左右に編んだ髪が上下に揺れ、一層童女を兎に見せて喜多を微笑ませた。



「そんでなっ、そんでなっ、あのな…!」


「はい、また読んで差し上げますから、落ち着いて下さいましね」


「あ…うん!ありがとな、喜多」



己のはしゃぎぶりを指摘され、いつきは赤くなる。

大人しく喜多の隣に腰を下ろし、大事に持ってきた政宗からの文を差し出した。


農民のいつきは文字を知らない。

そのため、戦場から度々届く政宗の消息について、 いつきは喜多に読んで貰ったり代筆を頼んでいる。

小十郎の姉であり、政宗の乳母である彼女だからこそ頼めることであった。


喜多は恭しく文を受け取ると、



「では、読ませて頂きますね」



ゆっくりとした語調で、文面を読み上げた。



文は、いつきに分かりやすい様候文ではなく口語で、しかも喜多が読み上げることも考えて 、外つ国の言葉は使わずに書かれていた。

それでも内容は、近況や遠方で見聞した珍しい事物が詳しく書かれている上に、こちら/奥州 の様子を尋ねる等、心を尽くしている事が伝わるものであった。

最後に、身体に気を付けるよう労りの言葉で文は締められた。



「殿は、お変わりないようですね」

良う御座いました



文を畳んでいつきに差し出す。

だが、先程まではしゃいで聞いていた当の本人は、何か考え込むような顔で庭の方を眺めていた。



「いつき…?」



訝しんで、喜多は顔を覗き込めば



「なあ、喜多」



思いがけず、真剣な表情がそこに在った。



「オラも手紙を書きたいべ」


「文を…手習いをしたいと言うことですか?」


「うん、こうやって何時も何時も喜多に読んだり書いて貰ったりするのは悪いし、 政宗にも…何だか申し訳ねぇだ。こんなに色々書いてくれてるのに」

それに「これ」、政宗本人が書いてくれたんだべ?



以前、政宗自らが書いたものだと喜多が言ったことを、いつきは覚えていた。

戦場で硯に向かうのは難しい。そうでなくとも、立場上政宗の書面は祐筆が行っている。

矢立による走り書きであっても、政宗の直筆と言うことはそれだけで意味があった。



「あ、でも、喜多に書いて貰うのが嫌とかじゃなくてな…!自分の言葉で、伝えたい って思うからだよ」

本当は、側にいて直に言えたら一番いいんだけど



いつきは、彼女なりに政宗の心を一生懸命受け取り、答えようとしている。

そのいじらしい姿に、喜多は微笑ましさを感じた。



―――殿は、果報者ですね



「私も、それが宜しいと思います」


「本当か?じゃあ、じゃあ…!」


「ええ、『いろは』からお教えいたしますよ」


ただ、と付け加え、


「一朝一夕では覚えられない事ですから、今回の殿へのお返事は私の代筆となりますが」


「う…やっぱりすぐには無理だか」



予想はしていたが、喜多の言葉にいつきは萎む。

「今」の気持を伝えたいと思ったのだが…

いつきの沈んだ表情に不憫を覚え、喜多は言い添えた。



「でも、書き方は教えますから、いつきが言った言葉を私が書きますので、それを手本に 書くことは出来ますよ」

代筆より、その方がずっと気持が伝わります。


途端、いつきの顔がパッと明るくなり、



「ありがとな!喜多大好きっ!!」



ぎゅうと抱きついた。











それから喜多に名前と簡単な文字を習い、いざ文を書く段になって、ふといつきは首を 傾げた。



「何を書いたらいいべ?」



当然、政宗のような長い文章は書けない。せいぜい短い文一つ二つが関の山である。

その中に、いつきの近況や政宗の様子を尋ねる言葉は入りきらない。

第一、文と言う物を生まれて初めて書くのだ。


では、どうするか?


紙の前で悩んでいると、喜多がそっと



「難しく考え込まず、いつきが殿に伝えたい言葉を、気持を、素直に書いたらどうでしょう?」


「オラが政宗に伝えたい気持…」



呟くと同時に、胸に様々な言葉/想いが溢れ出た。





ここ/奥州は平和で


城のみんなは優しい


天候に恵まれていて、稲も良く育っている


自分は元気で、少しだけ背が伸びて


いつか「童」なんて言わせなくて


手紙に書いてあった珍しい物とはどんなものだろう


今、何処にいるのだろうか


無事だろうか


何時になったら戦は終わるのだろう


何時、帰ってくるのだろう





「あ…」



すとんと、想いが目の前の紙に浮かんだ。



「これだべ」



浮かんだ言葉を、いつきは無意識に口にする。

喜多はそれを聞き取ると、ふわりと咲って筆を動かした。

それを呆と、いつきは見守る。


書き上がった文字をいつきは食い入るように見つめ、筆を握ってそれをもう一枚の紙に 写し出した。

たどたどしい筆遣いで、紙の上に自分の言葉が形を為していく。



「これが、オラの気持…」



形を持った想いに、いつきは不思議な感慨と興奮に包まれた。

















奥州から遠く離れた戦場

思う様暴れ回った片目の竜は、濡れ羽に光る青鹿毛に騎して己が開いた屍の道を悠然と 通り、自陣へ帰還していた。


その途中、



「筆頭!米沢の喜多様から『れたー』が届いております!!」



陣幕から小者が一人、政宗のもとへと走り寄る。

外つ国の言葉を解する主の影響から、伊達の軍兵は兵卒に至るまで片言の異郷の言葉を 使っていた。



「ああ、喜多からか」


「姉者から、と言うより、いつきからでしょうね」


「小十郎…お前、言うようになったじゃねぇか?」


「お陰様で」


「Han!」



不敵に笑う「片目」に一瞥をくれて、政宗は受け取った文を馬上で開いた。

きっちりと折られた立文の表には、見慣れた乳母の手があったが、開くと案に反して 文は一枚。

常は喜多自身からの消息と、彼女が代筆したいつきの手紙がまとめて送られていたはず。

入れ忘れかと、訝しみながら一枚の文面を見れば



「―――!」



片目を見開き、息を止めた。


そのまま暫く、小十郎や兵達が不安になるほど沈黙した後



「HAHAHAHA!!!」



周囲の疑念を吹き飛ばす、竜の大笑が戦場に響く。



「ま、政宗様…?一体何が書かれていたのです。まさか米沢に異変がっ」


「Ha!心配ねぇよ小十郎、奥州は無事だ。なんたって、Love letterが届くんだからなっ」


「らぶ…?」



事情が飲み込めない小十郎に構わず、政宗は馬首を巡らし後ろの兵達に向き直る。
音高く指を鳴らして



「Hey, Guys?『女神』からの託宣だ。遊びは仕舞いだっ!今から全速力で奥州に帰るぞっ」

奥州軍馬の底力、見せてみな!!


『Yes―!!』



圧倒的なカリスマを誇る「筆頭」に乗せられ、戦を終えたばかりの兵のボルテージは 一気に頂点へ駆け上った。

突然の帰還命令に対する武将達の狼狽も、小十郎の制止の言葉も既に届かない速さで



「Here we go!!」



かけ声一つ、伊達軍は地上を駆ける稲妻となった。

騎兵は駒に鞭を加え、歩兵は馬に負けじと食らいついていく。

陣に詰めていた小者達は慌てて幕を下ろし、荷を詰め、小荷駄を引いてその後を追った。


正に、電光石火の速さであった。



砂煙立てる一旅の中で、政宗は更に頭一つ抜けて先を行く。その横を、主の気まぐれに 慣らされた小十郎が、必死に鹿毛を駆って走らせた。

政宗は、もっと先へと馬を走らせながら、知らず笑声を風に流していた。



折り目正しく包まれた立文には、拙い仮名で、それでも想いを込めた手で




まさむねへ




             はやくあいたい




                               いつきより




愛すべき女神の心が綴られていた。



―――こんなCoolなLove letterは初めてだ!



四角張った立文なのがまた初々しい。

その心に答えなければ、男が廃ると言うもので


伊達男の矜持と、いつきへの愛しさが、政宗を走らせた。



―――帰ったら、結び文の仕方を教えてやろう



ついでに、賢しくない程度に恋の歌も。

次ぎに戦場に届く恋文は、どんなものになるのだろうか。



そんな楽しい想像をしつつ


ああ、それよりも



「お前の口から聞きてぇな、いつき」



何時でも傍に在りたいと、独眼竜は懐に仕舞った初めての恋文に触れ、そう願った。









歌は何う読む 心のいとを
   声と言葉で 綾に織る


















後書き

初書き伊達いつです。CP傾向でプッシュと言いつつ、なかなか書けなかった二人;;
年の差CPでラブラブしているのも良いですが、兄妹関係でも猶良しで(にこ)。寧ろ その路線で行くはずが、蓋を開けたら鬱陶しい二人になり…orz 殿のラブに振り回された 小十郎さんにはとっても申し訳ない内容でした。
本来お題は「歌」でしたが、歌=恋文=手紙と勝手に変換。いつきの手紙はもっと可愛らしい 内容にすれば良かったかと少し後悔。結び文や歌を教える政宗はきっと、若紫かマイフェアレディか、 兎に角いつきを自分好みのレディにする気満々だと思います(遠い目)。


ここまで読んで頂き有り難う御座いました。





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