全てを攫っていくように熱がこみ上げ、胸を圧した。


「ゴホッ ゴホッ……ガッ…ハ…」


堪えきれずに手で口を覆えば、熱い

熱持つ緋色が手に広がった。


間をおかず、波が胸を駆けめぐり呼吸を奪う。身を折りその場に頽れる。

三度血を吐き、手が緋に染まった。

溢れる血が手首を伝い落ち、地面を汚す。



―――もう、刻がない



終わりが霞んで見えてくる。



実体を伴って傍らに在る。


いつでも連れて逝けるよう

静かに静かに待っている



―――急がなければ……


まだ何も、果たせていないのだから



波のような痛みが引くと、口の端に残る血を拭い、息を整える。

顔にかかる髪の先が、赤黒く濡れている。染まってしまった。


刀を杖に立ち上がろうとすれば、背後に殺気。


今では酷く、馴染み深い―――



カッ カカッ カッ



凛刀を鞭のように展開させて飛んで来た苦無を払う


間髪入れずに身体を旋回


遠心力の勢いで、懐に飛び込む「彼女」に当て身を喰らわせた


不意を突かれた彼女の細い身体は簡単に吹き飛ぶ


だが、空中で猫のように身体を翻して着地する


同時に二撃目を繰り出そうと彼女は苦無に手を伸ばすが



「―――っ」



一気に間合いを詰め、引き戻した凛刀の刃でもって、僕はかすがの動きを封じた



「王手/チェックメイト」








迷いの人








限りある命は、魂を浄化すると思っていた


残された刻の中で



雑念は捨てられ 理想は研磨され


想いは純度を増し 願いは一つに集約する



本能に近い衝動でもって


未だこの身を

朽ち逝くこの身を


走らせてくれる


迷いも停滞もなく





「凛刀の展開は三段階。全て出し切れば刃を戻す為に一瞬隙が生じる。

間合いが広範囲な分、懐に入られれば所有者/僕は無防備…確かに目の付け所はいいね。

けど、君が僕の刀の構造を知るように僕も君の動きを知っているのだから、 これは下策と言うものだよ、

かすが君」


君が僕を殺そうとして、これで四度目。

もう顔馴染みみたいなものだから、互いに手は見えているだろう?



「なら……何故四度も私を殺さないっ!?何度失敗しようと、私は貴様の命を狙うのだぞ」

貴様があの方に害為す限り



簡単に、「死」を口にする彼女。



「かすが君、君は……死にたいのかい?」


「あの方が命じるのなら、私は喜んで死のう。

だが、今はまだ貴様を殺していないのだから死ねないっ」



己の意志で、己の意志を託した他者の意志で

生きることも 死ぬことも決められる



「ただ…お前の行動が理解できないだけだ、竹中」



それは、絶対的に「生きている」者の特権



「……君とはいい加減顔馴染みだけど、僕も未だ良く理解できない君の行動があるのだけどね」



「死」を紡げるのは、そこから遠く離れて「生きている」から



「何故さっき、待っていてくれたんだい?」


「―――っつ」


「確実に殺すのなら、僕が発作を起こして倒れていた時が好機だったのに。

何の抵抗もされずに一突きだよ」

正々堂々なんて武士道、君/忍には存在しないものだろう



無意識にでも「生きたい」と強く思っているから


そして



「う、煩いっ。お前が蹲っていたのが…何か罠だと思ったからだ。

あんな隙だらけの姿を、お前がタダで晒すわけない」



他者/僕もまた、自分/君と同じように「生きている」と思っている


生きていて欲しいと、願っている




何て純粋な思い込み

何て傲慢な価値観


ああ、でも



「フフフッ…」


「な、何が可笑しい!?」



己の思い一つで

生きることも死ぬことも出来る彼女を

自分の命一つ思いのままにならない僕は、どう思っているのか


嫉妬 憧憬 哀れみ 苛立ち



それとも―――?



「君は生きたまえ、かすが君」



それでも、必死に乱世を生き、死のうとする彼女は美しかった

だからこそ



彼女に生きていて欲しいと

生きて再び逢いたいと

何時の頃からか、そう願う自分が居た。




嗚呼、望みが一つ増えてしまった




「……貴様の言葉は、本当に理解出来ない」

言われなくとも、私は謙信様の為に生き、そして死ぬ

「次は必ずお前を殺す」


「ああ…何度でも待っているよ」

この命、ある限り。


「―――っ、戯れ者めっ」



罵倒を残して彼女は消えた。


きっと、「生」ある彼女には僕の言葉は届かない


それでもいいと、僕は納得していた。








限りある命だと悟った瞬間

命を賭して望む理想があることを幸せだと思った


けれど


生きて逢いたい君を知るなど

思ってもいなくて


死へと研ぎ澄まされた理想の裏に

淡く立ち上る生への執着


身を蝕む病とは別の痛みが疼き出す




この残された命に浄化は叶わず


ただ迷いが、胸を埋めた















後書き

此処では初書き半かすです。この二人はかすがストーリーモードのイメージが強いです。
終わり行く時間の中で望みのために生きる半兵衛、生きて行く先がありながら死に急ごうとする かすが。望むものは似ているのに、全く真逆な生き方をしているから互いに気にかかる、惹かれるのか な、と。そんな妄想。
拙宅ではこのCP、やや半べの片思いになるかと。かすがも気にしているんですが、謙信様 一筋と本人信じ込んでるので無自覚。故に片思い感が強いです。
懲りずに戦闘シーンをリベンジ。今回は動きが頭の中で描けてたのですが、表現出来ていたかどうかは また別問題orz

ここまで読んで頂き有り難う御座いました。








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