理屈ではなく感情や本能で動く人間と言うのは、理性に雁字搦めになっている己には、何を しでかすのか全く読めない。

それにまま、当惑したり呆れたりと振り回されるのだが


何故だか、最近それを楽しんでいる自分がいた







見えない光









月が中天を過ぎて傾く頃合い。

月光が障子紙を通して閨に淡く差し込む。

薄ぼんやりとした視界は、互いの姿を白く浮かび上がらせていた。

心地よい気怠さに包まれながら、うつらうつらと微睡む意識。

そのまにまに傍らの相手を伺えば、子供のような無心さで見つめ返す目があった。


幸村は頬杖をついて俺の顔を覗き込んでいる。

その静けさは、普段の奴にはないもので

こうしていればなかなかの美丈夫だろうにと、とりとめもなく言葉が浮かぶ。

俺は気付かないふりをして、うたた寝を続けた。

この、獣に近い特異な感覚で世を解する頭が、今何を考えているのか興味があったから。

けれど、何も考えていない、と言うのがだいたいアタリであろう。そう思わせる無心の目であった。


ふと、幸村は空いた方の手を伸ばす。

俺の死角へと。

薄く閉じた目を開く前に、床でも外す事のない眼帯が奪われ、右目が露わになった。


「幸村………?」


今目が覚めたように問いかける。

声は掠れて、空気の音が聞こえた。



覆うものもなく空気に直に触れると、心なしか古傷が疼く。

とおの昔に捨てたはずの


それが己の錯覚だとしても。


俺は知らず眉を顰めるが、幸村は構わず起きあがり、顔をぐっと近づけて


「暫しそのままで…政宗殿」

「―――………」


同じように掠れた声が耳朶を過ぎると、醜く爛れ、感覚もなくなったはずの「そこ」に人の体温が触れた。

形の良い頤が、酷く近くに見える。


幸村は、露わになった右目に口付けていた。


掠めるように一度唇が離れると、直ぐにまた温もりが伝わる。

何度も 何度も

降り注ぐ雨の様に 淡く差すこの月光のように


最初は触れるだけのそれが、次第に深く長くなり

とうとう最後には、舌で古傷を舐めていた。


つくづく獣じみた男だと苦笑が零れ、暫く相手のしたいようにさせていた。

だが、開くことのない瞼の縁を睫に沿って一舐めされると、背筋に甘いしびれが走る。

つまらない理性が「この辺で」と、警鐘を鳴らして手を挙げさせた。

無遠慮に奴の長い髪を掴み、俺の顔から引き剥がす。


「…った」


不意に首の後ろを引っ張られ、幸村はのけぞる。それ位で首が折れる奴ではない。


「政宗殿?」


口の端に銀糸を引いて問いかける。どこかまだ足りないと言う目。

子供のようにただ、求める心


「急にどうした?盛ったか」

先にあれ程睦んでおきながら


「さか…っ破廉恥な!」


瞬間薄闇でも分かる程朱に染まる顔。

何が「破廉恥な」だ。行き着くとこまで共に堕ちた相手を指してその言葉はない。

先程のお前も充分「破廉恥」だ。


「そうではなく……治るかと、試していたのでござるよ」

「治る…『これ』が、か?」


すっかり唾液で濡れた己が右目を示して俺は嗤う。


「『舐めておけば治る』。お前にはそう見えたか?」


全くの笑い話。


そうであれば、どれ程楽であったか。

どれ程の者を失わずに済んだことか。


諦めと皮肉の混じった声で俺はそう告げたが、幸村は酷く静かに


「…我が家の古い知り合いに、政宗殿や元親殿とは別の、隻眼の御仁がござる」

「―――………」


その静けさに、その言葉に俺は歪めていた口を閉ざす。


「某は幼い頃、その御仁に何故片目を無くされたのか尋ねたことがござる。後で佐助に病/疱瘡でと聞いたが、 御仁はその時こう答えられた」


一度言葉を切り、幸村は俺を見つめる。うたた寝の時に見た、あの無心な目で。

何の含みも皮肉もなく、


「『人を恨み過ぎて盲しいた』と」


蔑みも批判もなく、ただ自然と言葉を紡いだ。

そう、そこに何もない。


この目故に母に疎まれた俺を

猜疑に隠した妬心の果てに弟を殺めた俺を


責めるでも詰るでもない。


では何故この男はこのような昔語りをするのか

その無心の目は何から起こるのか


「それを聞いて某は、人への『恨み』で光を見失ったのなら、人への『情』で戻らぬかと、 そう考えたのでござる」

「―――」


咄嗟に言葉が浮かばなかった。皮肉も、自虐も。

だが更に、幸村は思いがけない言葉を重ねる。


「しかし、『恨み』の心に『情』を起こすは至難のこと。 水無き枯れ地に種蒔くも同じ故、まず某から『情』を向けねば、と」

政宗殿が某を想って光を取り戻されるよう、某が想いを捧げようと、そう思ったからでござる。


求める前に与えるのだと、そう静かに幸村は告げた。



無心の目の根は



因である感情は



俺に注ぐこの男の「情」だと言うのか




だとしたら

ああ、なんて―――



「………それで『これ』が、お前の『情』か?」

「はい、惜しまずに注ぎたいと思うため」



可笑しくも愛おしい


「全く、お前の頭はsimpleなのかcomplexなのか…」


その想いこそが、既に俺にとっては「光」であることを


お前は気付いているのだろうか。


その無心の目、は。



苦笑混じりにそう呟くと、幸村はそれを俺が呆れていると取って


「言葉は分からぬでござるが、某は本気で…」

「Yes,…分かっているさ」


だからこそ


「少しそのまま黙ってろ」

「政宗ど」


問う間も与えず俺は、先程奴が俺にそうしたように右目へと口付けを落とした。



惜しみない、想いを






理性に紛れた恨みと諦め。

そこに降り注ぐ無心の情。


雁字搦めにされているのではなく、縋っていて

振り回されているのではなく、癒されていて



酷く俺は救われていた。


















あとがき

初書きダテサナダテです。
ダテサナ?サナダテ?書いてる本人が一番謎に思うCPです。イニシアチブ的には政宗有利 とも思いますが、不意打ちで幸村も有利だったり…。まだまだ設定を詰めていきたい二人。 おそらく、ネタによって攻守チェンジすると思われ…ます;;そして雰囲気も。緩い甘さから 殺伐としたものまで(どこまでも不確定な設定)。
隻眼の御仁は旬ネタで山本勘助。ドラマの某シーンより(ガチで大河ネタ)。この台詞はすぐに 政宗を連想しました(どこまでもBASARAをだぶらせて見る不純な頭)。勘助も真田一家ネタ と言うか、信之兄様ネタで出したいと思っています。捏造キャラ増加はどこまでも…(遠い目)。

ここまで読んで頂き、有り難う御座いました。






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