天井裏から覗き込むと、彼の人の姿はなかった。
部屋に降り立ち見回すと、縁側の障子に僅かな隙間。

そこに手をかけ、そっと開く


フワリ


冷気と白い雪片が、指先を擦り抜けていった。
開かれた視界に庭が映る。
冬の草木が色を失う白の景色。


その白の中で、彼の人は沈むことなくそこに在った。



銀河を流した長の御髪

紫/禁色 に雪白を添えた小袖をまとう



ふと、肩が揺れる。
どんなにこちらが気配を消しても、何故か先に気付かれて
ゆっくりと、けれど確信を持って彼の人は俺に振り返る。



雪を欺く白皙の 面/おもて

そこに双ぶ 二色/ふたいろ の瞳


一は海の蒼

一は焔の紅



鮮やかな 彩/いろ が視界の全てを攫って行った











 雪花










「来て下さったのですね、猿飛様」


形の良い朱唇が名を紡ぐ。
そして緩やかな微笑。

その動きに気を取られ、否、彼の人を形作る全てに正気を奪われ
呆然と俺は立ちつくしていた。

呼吸/いき を忘れていた


「猿飛様?」


反応のない俺に訝しみ、姫は雀のように小首を傾げる。


「………ああ、こんにちは姫さん」

今日は冷えるねなどと、我ながら間の抜けた答をしてその場を取り繕った。
雪を踏みしめ姫の傍らに立つ。


「雪を見ていたの?」


「はい。ここ/土佐 では珍しいことですから」


繊手を差し出し、ひとひらを掬う。
たおやかな指先は冷えて赫く色づいていた。

その彩に、美しさと痛みを感じて


「そんな格好じゃあ風邪を引くよ」


俺は自分が羽織ってきた外套を脱ぎ、姫の白く染まった肩にかける。
彼の人は一瞬、その二色の瞳を見開き驚くが
すぐに

「ありがとうございます」


と柔らかに笑った。

打ち掛けもない小袖のみの姿。
古の流刑地にしては穏やかすぎる気候のこの国では
おそらく綿入れも必要ないのであろう。


「でも、どうしても花が気になって…」


「花?」


同じ言葉を繰り返す。雪片を掬う繊手が翻り、目の前に立つ花木を示した。
その軌跡を追って視線を移せば
白に紛れてあかい、姫の片の瞳に似た紅い椿が蕾をつけていた。


「本当だ…。もう咲きかけているね」


「この木は、毎年この時期に花を咲かせるんです。
だから毎日気になって、こうして庭に出て見てしまうんです」


「こんな雪の日でも?」


「はい」


「よっぽど好きな花なんだね」


「あか」はこの人によく似合う。
咲き初めの椿を手折り銀の髪に挿したら、どれほど彩が映えるだろう。


「はい。だから、猿飛様に最初に見せたかった」


「―――」


不覚を取られた

ああ、彼の人はいつも俺の思わぬ事を口にする。


「私は猿飛様のようには『外』を知りません。
恐ろしいものも、悲しいものも、美しいものも。
この城の…いいえ、この部屋と庭のことしか知りません」


遠い 遠い 
雪も知らぬ南国の城の奥深く

箱庭に住む白い姫


「戦」を知らず(されど「痛み」を識り)

「外」を知らず(されど「世」を識り)


その二色の瞳で多くを見つめる


「けれど、この部屋と庭のことは全て知っています。
愚かなことも、役無きことも、そして美しいことも」


貴方が私に「外」を見せてくれたように
私は私が知るものを貴方に見せたいのです。


そうして深く、静かに姫は咲った。


それだけで俺には充分だった。
充分すぎる程だった。



気付けば彼の人を抱いていた。



髪に肩に積もる雪に、冷たい冬の匂いが立ち上る。
長い間、ここにこうして立っていたのだろう。

咲く花を待ちわびて

俺を思って



染まる白に、彼の人の想いの深さを感じた。



「猿飛様―――」


「……また、来るよ。花が咲く頃に。
来年も、次の年も―――」



だからどうか、俺に貴方の識る世界を教えて下さい



けれど

貴方がどんなにこの箱庭の内を探しても

俺がどんなに外を飛び回ったとしても



「本当ですか……?来年も、次の年も―――。約束ですよ、猿飛様」


「ああ、約束だよ、姫さん」



貴方以上に美しいものなど見つかるはずがない




答/いらえ の代わりに赫く色付いた手が、背に回された。

「あたたかい」

と、姫は呟く。


ああ確かに、手から伝わる彼の人の体温は

とても温かかった。









後書き


「No Name,No Title.」のマリサさん宅での素敵エチャにお邪魔した際、
葛西が「サス姫!サス姫!」と煩く騒いでいたら、お優しくも雪花に立つ美しい姫を描いて
頂き思わず「話書かせて下さい!」と頼み込んで出来た話です。
チカが姫のまま成長したら…。佐助のことを「猿飛様」と呼んでいたりと言う素敵設定を
そのままお借りしていたりします。
目標は上杉主従ばりの少女マンガな世界でしたが、出来上がってみたらもう別人すぎて
泣けて来ましたorz…。それでも書いてる時はノリノリで(趣味丸出し)。
マリサさん、執筆許可を頂きありがとうございました!(深々)。

ここまで読んで頂いた方もありがとうございました。



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