日が沈むと、うだるような暑気が薄れ、あちこちから虫の音が風に乗って 聞こえてくる。

縁に座り、漸く訪れた涼に一息つくが

同時に、この空梅雨に田がどれだけ保つかと、頭の中で算盤を弾いていると、


「なあ元就、そんな難しい顔してねぇで夕涼みに行かないか?」


脳天気に笑う居候がそう言った。

この男の言動はいつも唐突だ―――










  月追う夜










其処までだからと庭下駄をつっかけ

晴れているからと灯りを持たず

アンタ、自分が思ってるより恨まれてないよと、脇差しのみで

でも足下は暗くて危ねぇなと、何故だか手を取られ

郡山の山道を、我は傾奇者と歩いていた。



人が集まり棟が重なる城内よりも、外は涼しく

木々を渡る風に、汗が引いていった。

葉は茂り、木は深く、夜よりも尚山は暗い。

それでも慶次は、慣れた足取りで先を行く。

風が獣の尾に似た髪を揺らせば


「いい風だ。虫の声も聞こえるなんて、風流だねぇ」


満足そうに笑う。肩に乗る小猿も、ききっと答えた。


「山を下りるのか?」


気付けば城の灯りは遠く、麓の方まで下りていた。

少し其処までと言う話が違う。


「いいだろ?こんな気持の良い晩、すぐに帰るなんて勿体ない」

大きく大きく遠回りだ

「無計画な奴め……」

「へへ」


言いつつ我も、足は返さず。

この男の気まぐれと突拍子の無さはいつものことで

それにもはや慣れてしまった。

好きにさせるのが、一番手短に済む

それはどこか、まだ幼い息子や娘達の反応に似ていて

そなたは童と同じかと、嘆息を一つ



木々に覆われたなだらかな道を下っていくと、突然視界が大きく開ける。


山を下り、野へと出た。


「―――………」


天が高く、その頂きに満ちる途中の月が座す。

淡い光が辺りをぼおと照らした。


「な、下りてきて良かっただろ?」


傍らから得意げな慶次の声。

頷くのも業腹に思えて


「日輪は全きだ。満ち欠けなどしない」


本心を述べておいた。



「もう少し歩こう」


と、手を引かれる。


月を正面に

月に向かうように

月を追うように歩く


青い稲が風に吹かれる畦道でふと振り返れば

己の影と相手の影、肩に乗る小さき者の影も長く道に伸びていた。

そしてその先に、出てきた城が、月明かりに幽く浮かび上がる。

それがどこか遠くに思えると


「なあ、元就」


慶次が呼ぶ。


「このまま二人で、遠くに流れていこう」

「………」


歩みが止まる。水田の中、影が二つ。

虫の音が遠い。



「何故?」

「一緒にいたいから」


軽く


「俺はアンタにどうしようもなく恋してるから。

アンタとあちこち回って、色んなものを見たり聞いたりして笑っていたい」


どこまでも軽く、言葉を紡ぐ。

まるでこの風のように流れていく。



この男は自由なのだと、気付いた。



何者にも縛られず、国も戦も関わらず

ただ「個」として強く在る

恐らくこの言葉も、今思いついたのだろう



月が美しいから月を追い

涼風に誘われ野に出て

我の手を取るからそのまま


二人、流れていこうと―――



つくづく、突拍子もない安易な考えに呆れ果てた


けれど



「我はそなとは行かぬ」


その浮遊は哀れにも思えた


「我が在るのは……毛利の家のみ」


己を縛るのは、繋ぎ止めているのは

あの城に在る幼き者達への拭えぬ情 亡くした女/ものへの贖罪の念

それは同時に、己が在る意味であった



では、この風来坊と渾名される男の在る場所は?意味は?



帰る場所はあると言った

繋がりを持つ者達も


けれど、それらを慶次は振り払える

振り払い、身一つで何処までも流れていける


それは、絶対的な自由であり 絶対的な孤独であった


戦場に立つ我の心に良く似た―――

だからではないが



「そうだよな……ここはアンタの家だもんな。護る者も沢山居る」

嗚呼、またふられちまった


そう言い、離そうとした手を

離してまた遠く流れようとする手を


「元就?」


己の元へと引き寄せた。


情をかける訳ではないが


「我はそなたと行かず此処にいる。此処に在る。

そなたは好きなところへでも流れて……また我の元へ流れ着けば良い」


告げるべき事は―己の本心は告げておいた。


「そなたは自由であろう?」

離れることも傍に共に在ることも

「ああ……そっか」


何かが腑に落ちたような

我の意図が通じたのか

ひどく深く、慶次は頷いた。


「そう、だよなぁ。また何度だってアンタに逢いに来ればいいんだ」

元就は優しいな

「腑抜けたことを。そなたは何も言わずとも、勝手に会いに来るではないか」


それでも、我の中で何かが動かされたのは事実で

己がこの男によって変わってしまったと理解していた。


それこそ業腹であるから、口にはしなかったが。


「なら、何回でも何度でも、ここにアンタに逢いに来るよ。

いつでも一緒だって思えるくらい」

「好きにすればいい」

「ああ。だけど今は―もう少しの間は此処にいてもいいか?」


確信的に問う声に、答は一つしかない。


「それもそなたの自由だ」


そうするよと、嬉しそうに笑って慶次は歩き出す。

我の手を引いて

来た道へと


「帰ろう、元就」


月に背いて




虫の音がまた、耳に届く。

風も変わらず心地よい。

思えば夕涼みに来たはずなのに、こんな所まで来てしまった。


互いに日輪の暑気に当てられたか

それとも月に憑かれたか



淡く幽く光が差す

そんな晩であった

































後書き

昼間よりは涼しくなった夕方に、月を見ながらぶらぶら歩いてふと降ってきたネタです。
ゲームやオフィシャルの小説を見ていて、風来坊の慶次は、ほんの些細なことで旅に 出ようと思い立つのかなと、そんな妄想も交えつつ。
実際彼の身軽さは羨ましくもありますが、いざとなれば利家やまつ、京の仲間達は置いていける 軽さなのだと思うとほんの少し寂しいと感じたりも(100%自分のイメージですけど)。
拙宅の就さんは家=子供達に執着していますから(こちらも100%捏造)、 身軽な慶次と、家に安定している就さんと言う、その辺りの対比が出せていたらなと思っています。

ここまで読んで頂き、有り難う御座いました。






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