此は姫の芽 夜叉の蕾








二輪花の木








日当たりの良い縁側に座して、彼の人は俺を迎えた。


「お待ちしておりました、猿飛様」


花に例えるなら椿か百合か

品良く香る白梅でもいい

背筋を伸ばし、折り目正しく

穏やかにたおやかに姫は今日も咲う


「久しぶり、姫さん」


それにつられて俺も口元に笑みを刻むと、姫の隣に腰を下ろす。

うららかな日差しが膝に落ちた。


「此度は何処へ?」

「京の方に」


短く答えると、ぽつりぽつりと俺は「外」で見てきたことを語り出す。

これは、四国に彼の人を訪なう時の習慣。

古の流刑地、鬼ヶ島とも呼ばれるこの地の城の奥深く、箱庭に住むこの姫は「外」を知らない。

そのため、俺が伝える話は数少ない「外」への接点となっていた。


けれど、「外」を知らずとも彼の人は


けして無知ではなく


けして蒙昧ではなく



時折俺の方がはっとする聡さでもって先を見通し

外/世 を理解していた


それは自然でも事物でも、人でも国でも

戦ですら―――



二色の瞳を曇らすことなく、耳を傾け識ろうとする



その真摯な姿、「姫」の底に不意に淡く立ち上る「もののふの子」の姿に惹かれ、 つい他国の忍と言う立場を忘れて語る自分がいた。

思えばこれ程己の天分に背く生き方をする人も珍しい。


情厚く、思慮深く

それでいて威もあれば勇もある

足りないとすれば戦場の経験で

明らかに将としての器量を持ちながら、それでも彼の人は艶冶と咲く花のままこの箱庭の内に在り続けている。

それは穏やかさと共に彼の人が身の内に持つ確固とした意志による所もあるが

それ以上に花を花たらしめているのは


「―――………」


不意に、殺気を包んだ冷ややかさが首筋に伝わる。


「失礼、小うるさい羽虫が止まっておられたので、取って差し上げようと思いまして」


空々しい程に静かな声が、慇懃無礼に言葉を紡ぐ。


「……それは、わざわざ虫を取るのに真剣まで使ってくれてどーも、吉良の旦那」


しかも、寸分違わず頸動脈狙いで。


「ええ、せめて一思いにヤるのが虫へのせめてもの慈悲ですので、武田の忍殿」


ピタリと刃を俺の首筋に沿わせたまま、吉良左京進親貞は微笑む。

しかし、姫と造作が良く似た唇も目も不必要に笑みの形を刻むのに、

醸す空気は剣呑、否殺気そのものであった。


すると、その空気を知ってか知らずか、姫はコクリと雀の様に小首を傾げ


「虫?私には見えなかったが…親貞」

「もう飛んで行きました、兄上」


真っ直ぐに兄を見つめ、正直そのものの顔で嘘を吐く。

そして、「お茶が入りました」

と、俺など眼中にないものとして俺と姫の間に座り茶器を並べ始める。

勿論、器も茶菓も俺の分などハナから用意されていないし、用意する気配もない。

言っても実のない、それどころか害になる事は噤むに限るので、俺は黙って解放された首を撫でた。

一線、皮が薄く裂けていた。

常にこの男は本気らしい。



深窓に住む兄を一途に慕い、あらゆる物から守り通そうとする。

俺の様な外から来る虫や、この地に起こる戦乱、嗣子としての業すら………


己が全て引き受け、薙ぎ払う。


その盲目的な峻烈さに、まま彼の人との逢瀬を邪魔されたり、命の危機にさらされたりと 苦々しい思いをさせられるが

反面、俺はこの男のこうした在り方を信頼している。


「信頼」と言うと友好的に聞こえるが、そんな穏やかなことではなく

事実と等価である、と言う無機質な認識だった。



それ程までに親貞の兄への献身は絶対で

それこそが、彼の人を「花」たらしめている根であった。



例えて言うなら


姫は咲く「花」

弟は「花守」

そして俺は…

「羽虫」では癪なので、せめて「烏」としておこう

虫より知恵は回るだろ?








そんな風に、俺はこの男を解していた。

信頼にも似た認識で



なあ、だからさ左京進

アンタは常に彼の人のために

勝たなければならない

還らなければならない

生きて、在らなければならない


こんな所/戦場 でくたばっちゃいけないんだよ

アンタと言う「花守」は








磯の臭いに混じって、火薬と鉄と血と、戦場の臭いが鼻孔を突く。

遠くでは怒声と轟音、剣戟叫びと様々なものが混然一体化した戦場の音が聞こえた。


そんな戦の最中


浜の白砂の上


緋色を流して倒れる親貞を、俺は見下ろしていた。


陣羽織は破れ、甲冑には無数の矢

けれど、種子島によって抉られた傷が、この男の命を奪うだろう。


俺の影が親貞の顔に落ちると、伏せた瞼が震え、うっすらと開かれる。

焦点が合わないのか、必死に目を凝らして俺を見ようとする。

そして、認識すると


「………羽虫か。嗤いに来たか、討ちに来たか」

どの道貴様にとっては愉快な状況だ


変わらず毒を吐いて寄越す。


「いんや、どちらもハズレ。……迎えに来たんだよ」

「冥土へか」

「それもハズレ。姫さんとこに、帰るんだ」

「―――」


俺の言葉が信じられないのか、数瞬親貞は呆と俺を見返す。だが、次の瞬間弾けるように嘲笑が響いた。


「どうやら俺も最期らしい。貴様に助けられる幻聴が聞こえるなど…」


そうして嗤う嘲笑う

俺だって、アンタがいなけりゃどれだけ楽かと思うよ

けどね、左京進


「別にアンタの為じゃない。……姫さんの為だ」

「兄上の―――」


嘲笑が止む。皮肉が途絶える。

それ程までに彼の人はこの男には唯一で絶対で

その盲目さ、病の深さは


苦々しい程に俺と同等であった。


「もしアンタがこのまま帰って来なかったら、死んだとあの人が知ったら」


俺達は彼の人を等しく愛してる。

だからこそ


「きっと姫さんは涙一つ流さずに、『夜叉』になってしまうから」



鬼修羅夜叉は何処より出でる

恨み恨みて人が化す

三日七日の二十一日

口裂け 牙伸び 角を生やす



「アンタ/弟を死なせたと、自分を責めて―――」


恨みの念が例え「己」自身であろうと

箱庭の内に在りて、愛する者を守れなかった無力な己を呪い、彼の人は化生してしまうだろう。



お前には見えるだろうか左京進


あの二色の瞳を自責の念と悲嘆に染めて花開く夜叉御前を

如何に美しく

如何に悲しい存在であろう


此は姫の芽 夜叉の蕾


花を花たらしめるは花守故

そして、夜叉を夜叉たらしめるも愛する者故


だからこそ


「だからアンタは、還らなきゃいけないんだよ」


花愛でる烏は花守を連れて還らなければならなかった。


「―――」


深く長い沈黙が、互いの間に流れる。


ふと、戦場の音が絶えている事に気付く。

我ながら情けない

囲まれるまで気付かないとは

けれど、言い訳の様だが無理もない


戦場で十重二十重と敵に囲まれるよりも

目の前の瀕死のこの男と相対する方が、余程身を削る。


親貞はまだ黙したまま。

選択を、決めかねているのか。

否、おそらくは―――


唐突に、飛矢が放たれる。

薙ぎ払うと同時に囲みが縮まり、槍刀が繰り出された。

俺は親貞に構わず手短な相手を切り伏せる。

その、答は


ザスッ


背後から、耳慣れた、人を斬り殺す音。

確認なんかしない

冷ややかな侮蔑を込めた声が、後に聞こえた。


「私は死ねない、死なない。あの方を遺して」

貴様の様なウジ虫に 貴様の様な情無き外道に

「兄上を触れさせたりなどしないっ」


………ウジ虫に格下げか

俺も相当嫌われたらしい

けれど、還る/生きる意志あるなら文句はない


「私は兄上のもとに還る。邪魔するならば、全て斬る」

「それは重畳。さっさと片づけてかえりま…」

ビュッ

血糊を帯びた刃が走る。

紙一重でそれを避ければ


「何を仰るウジ虫殿、私は『全て』と申したが?」


慇懃無礼な偽笑でもって、花守は剣呑な事を口にする。

一瞬、この男を助けようとした自分を後悔した。


「まあそれは、帰ってからでも出来ること」


ふらつく身体を叱咤して、已然緋色を流すことにも構わず刀を兵へと構え直す。


「今はこの羽虫どもを払うのが先決」

「……それは同意」


さり気なく兵卒以下にされたことは、この際構わず。

今は唯、烏と花守は刃を振るった。



愛すべき二輪花の木の下へ還る為に








西の流刑の島に在る 此の 枝/え は如何なる花が咲く

此は姫の芽 夜叉の蕾

右に花守 左に烏

愛でて守られ花が咲く

其の 彩/いろ  其の艶如何なるものか

一は焔に 一は海

姫に育つか 夜叉御前生むか

二色/ふたいろ 抱く其の枝は

西の流刑の島に在る 岡豊の城の奥深く

箱庭内に在ると言う










あとがき

サス姫二本目です。マリサさんから執筆許可を頂けたので調子に乗って書いてしまいました。 元親の弟・最強(凶)お姑さん吉良左京進親貞さんです。
兄に近づく人間は片っ端から滅殺と言う素敵ブラコn(ゲフゲフっ)。佐助も常にこの人のために 命を削って姫/チカに逢いに行ってますが、よくよく考えてみればこの二人は姫/チカラブという 点では全くの同類だな、と言う風に勝手に妄想したのが今回の話です(説明長いし分かりづらい)。
佐助も姫もそうですが、親貞さんの素敵性格を出し切れなかったのが何とも心残りに…orz

マリサさん、お姑さん執筆許可を下さり、と言うかいつも色々有り難う御座います!

そして、ここまで読んで下さった方も有り難う御座います!





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