「どうして、オラにそんなに優しいだか!?お侍は逆らう人間はみんな殺すはずだべ。
オラは…みんなの先頭に立って戦って負けて…だから、殺すために連れてきたんだべ?
それなのに、なんで!?」

震えを抑え、身を固くし威嚇する。
己の身を守るために
赤を振り払う為に

一瞬、政宗は瞠目する。不意をつかれたような、そんな。
傷つけた、といつきは感じた。そして何故か、その事実が苦しい。
しかし、相手が口にした言葉は違うもので

「………名前、聞くの忘れてたな」
「…いつき」
「そうか…いつき達から見たら、武士はそう言う風に見えるんだな。
全くその通りなのが痛い所だが」

淡く、緩やかに政宗は笑う。
それはどこか自嘲とも諦観とも取れる複雑なものであった。

「確かに、一揆の首謀者は見せしめで斬られるが…俺はそれが正しいとは思っちゃいねえ。
逆にお前達の恨みを深くして、余計騒ぎを大きくするだけだ。そんな不毛な事、俺はしない」
お前を斬ることもない、安心しろ。

言い、頭を撫でられた。

大きな手。

「それよりも、殺すよりももっとpositiveな解決方法があるはずだ。そのためにお前を ここに連れてきた」
「何だべ?」
「大凡のことは予想出来るが、直接会って訊いた方が誤りが少ない。
特に、 お前のような子供が一揆の先頭に立つなんて末期的な状況じゃな」

政宗は笑みを深める。今度は幾分、自嘲の色が濃いように見えた。
しかし、次の瞬間笑みは消え、真摯な声が問うた。

「何でお前は、『それ』を振るう?」




『望』








「佐助―――お前、『待たない』って」
「そう、だからその後にこう言おうとしたんだ。『一緒に行く』って」
旦那、早とちりだね

言葉に、世界が逆転する。
答の続きなど、こいつの本心など、思っても見なくて

「だって俺様自信ないよ。旦那が帰ってくるまで、旦那だけ思って待ってるなんて… きっと寂しくて、誰かに縋るかも知れないし―――旦那だって俺なしでいられる?」
何一つ、変わらずにいられる?
「俺は、自分も旦那も信じ切る自信なんてさらさらないよ」
「やけに断定的だな」
そんなに信じられないかよ
「人は変わるよ。だって…」

そこで一度言葉を句切り、苦笑が浮かぶ

「俺は―――仕事は速くて完璧だし、何だかんだ言っても忠実で、それなりに矜持も ある」

不意に変わる話題に、俺は首を傾げる。

「真田の旦那と、旦那の命を至上のものだと思っていたけどね」
それ以上に大切なものが出来てしまったから
「だから…暇乞い、してきちゃった」
「―――お前…」

事態の重さを実感する
この烏の想いを納得する

それでも笑って、佐助は告げた

ああそうだな、確かに人は………

「人は変わるよ。俺はアンタに変えられた」

何とも儚く

「もう、昔みたいに己の欲を持たない忍になんて戻れない」

強かで

「こんな俺にしたのはアンタなんだからね、ちゃんと責任取って俺を無人島にでも 宝島にでも連れてってよ」

こんなにも愛おしい

「元親」




『宝島』







風呂から上がっても、一向にと言うより更に幸ははしゃぎ回って落ち着かない。

「幸、動くな、ほら足上げろ」

無邪気に笑う幸と、黙々と着物を着せていく佐助の姿を、縁側に座した信玄は目を細めて 眺めていた。
そこには慈しみと何物かへの理解と、奥深い色を湛えていた。

「この乱世で穢れなく生きていける…不思議な童だ。己の身を守る術を知らぬ者は この世では生きていけない。佐助、お主がおらなければとうに幸は死んでいただろうな」
「心配ないですよ、大将。幸は俺が守りますから。俺達も、この国も」
「そうですよ、お館様。アンシン、アンシン」

何の気概も衒いもなく、当然のこととして告げる佐助。
何もかも、承知するような幸。

その様はどこか―――

「それは、無理だろうな佐助」
「何故です?」
「―――…お主が分からぬなら、今は良い」

それを知るには気付くには
酷く時間と犠牲が費やされたけれど






「結局幸を死ぬほど酷い目に遭わせちまった…。幸を守る自信が俺にはもうないですよ、 大将」

佐助が初めて零した嘆きであった。
何者も信じず、何者にも狎れぬ、ただ二人だけで跳んでいた鴉が流した涙であった。
それだけ幸/対の命は、核であり

「神とやらを信じてないけれど…どうやら俺から幸を取り上げるらしい」
「…前にも言ったが、お主にあれは守れぬよ、佐助。
あれはお主が考えているよりずっと強い。そしてお主は、己で思っている程逞しく はないな。儂の目には、今までずっと佐助が幸に守られて来たように映るが…違うか?」

何より包む腕であった。






「草鞋ぐれぇ自分で結べよ、幸」
「でも鬼殿、幸は何でも佐助にやってもらってた故」

ほら、出来たぞと草鞋を結び終えた大きな手に、小さな手が添えられる。そうして小さな 子供の手がぐいと元親をひっぱる。

「おっ」

思いがけぬ力に、元親はよろりと前のめりに。
危ういところでバランスを保つと、ずんずん先を行く幸の背に問いかけた。

「心配じゃねぇのか、佐助の事?」

自分を捨てた対を。
守るためにと、突き放して元親に預けた佐助の真意を
この聡い子供が理解らぬはずはない。

「…幸は、いっぱいネジがないのです」
「ん?ネジって…」

唐突に告げられた言葉。
無心の奥から湧く
真理を呈した

「ココロのネジ。失敗しているのです。神様に、沢山」

両手は胸を、あちこちを。
深い虚ろを指す。
無心であることの
真白であることの代償を。

「失敗?」
「そして、佐助も。沢山、ネジがない。ココロのネジが沢山…」
「佐助も失敗しちまったのか、神様とやらは?」
「そう。…でも佐助のない所は、幸がいっぱい持ってた。幸が全部、持ってたんです」

彼らが対である由縁は

空白を

そしてこの子供は確かに

彼の鴉を収める鞘であり
守る盾であるのだ




『Black&White』








妬心とするにはあまりにも突き抜けていて
諦観とするには今一度遠い

それでも何度、思い知るのだ

「貴方は兄上にとって風なのですね、天狗」

己の未熟を
彼の人の想いを

「風?藪から棒にどうしたんです、弥九の若様?」
っと、すまねぇ。今は旦那だったな
「いえ、貴方から見れば、私はまだまだ子供ですから」
このような出来損ないの身、人として数える必要もない
「また悪い癖が出た。そんなこと、鬼の旦那達の前で言ったら駄目ですよ」

困ったような笑顔を湛え、佐助は手ぬぐいを絞る。水を切って熱持つ私の額にかけた。
長い指が水に濡れて、触れた感触が微かに心地よい。

「旦那達が悲しむし、俺も辛い」
「…ごめんなさい」
「別に、謝ることでもないですよ。誰だって具合が悪くなれば弱気になる。ちゃんと 寝ていれば良くなります」
それで、何です?風って
「……戯言だと思って聞き流して下さい」
「旦那がそうして欲しいならね」

それは逆に、真摯に聞いて欲しいと、矛盾した私の真意を見抜いた言葉で

それが忍故なのか
私を気遣う心なのか

素直に判ぜられない己はどこまでも劣等感にまみれてる

「兄上を船と例えたら、貴方は風だと言うことです」
「鬼の旦那が船ね…確かに、自由気ままだ。舵取りも碇もいいかげんなのが玉に瑕だけど。 その上で俺が風って言うと…」
「貴方は兄上を遠くに連れて行ける」

連れ去って行ける


外/世界を語るとき
兄は本当に楽しそうで嬉しそうで
その傍らには彼の人が
いるのだろうと想像する

そして気付く

兄が夢を形にしないのは
外/世界へ旅立たないのは

待っているから

風を

彼の人を

攫っていけるときを

静かに

ずっと


拐かす者と拐かされる者が逆転しているのに
連れて行かれるのは兄なのだと
一方的に恐れる自分がいた


その恐れを
妬心とも諦観ともつかない不安定な心を
彼の人に悟られぬようにしたけれど

それでも私はまだまだ未熟で
貴方は多くを解していて

「…俺が風なら、弥九の旦那は鬼の旦那にとって港だよ」
「私が、ですか?」
「そう。旦那が旅立つ最初の場所だし、最後に帰ってくる場所だ」

それは揺るぎない、絶対的な位置だ

「俺みたいに、気まぐれな風じゃない」
「私はそんな意味で…」
「うんにゃ、自分でも言い得て妙だと思ってる。何時あの人になびくのか、本当に 一緒に行けるのかも当てにならない身の上なんだから。だからね」

常に見せる飄々とした笑みではなく
酷く真摯な
静かな目で

「自分の在る位置にもっと自信を持ちなよ。俺はこれでも、弥九の旦那の位置が羨ましい と思ってるんだから」
「―――………」

諭されたとか
同情されたとか

そのような感覚はない

ただ、素のままに
彼の人の想いが伝わった

「風は気まぐれで当てにならないけどね、遠く行く船の帆を港に吹かす時はあるよ。 それに、船は何処に行こうと帰る場所を忘れないから…」
長曾我部元親は弟達を置いて遠くへ行ったりしないさ
「アンタ達の兄さんは、そう言う人だろ?」
「はい…」

彼の人を通して
兄の心が伝わった

そう、知りたかったのは/欲しかったのは
兄が自分を想ってくれるか
その唯一だけ

貴方は私にはない
自由を 思考を 想いを 持っていて
そして私が欲するものをいつも示してくれる

「はい、天狗…私達の兄上は、そう言う人です」

妬心とするには理解が勝ち
諦観とするには敬愛が強い


私もまた彼の人を
兄と同じく愛している




『風待ちの海』








後書き


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