―――なるほど、猿飛君が僕に回して来るわけだ


「どうした、竹中?」

「いいや、女性の買い物は豪勢だな、と思って」


スカート、インナー、コートにバッグに靴。

季節が変わる度に一式買い換えているとは。

しかもそれらの包装紙のかさばること。

まるで、僕たち男の忍耐と女性への愛を試されている様だ。


「四月だからな。また今年も謙信さまのお役に立てる様、気持を新しくするためにも必要だ。

それに、やっと取れた休みなんだ、普段ではこうもいかない」

それを飲んだら次に行くぞ。


居丈高に言い、かすが君は残りのコーヒーを飲み干し、席を立つ。

やれやれ、惚れた弱みとは言え、大変な役目を担ってしまった。

気持を入れ直すために、僕も残りを一気に飲んで立ち上がる。

ブランドの煌びやかなかさばる紙袋をまとめながら、


「次は時計か何かかい?」


すると、彼女は不思議そうに、


「私の話を聞いてなかったのか?次はお前のを見るんだぞ、竹中」

「え?」


それは全く不意打ちで、


「お前もやっと取れた休みなんだ。それを付き合ってくれたのだからな。礼にネクタイ位、選んでやる」


そう言って寄越してかすが君がさっさと喫茶店を出てしまった後も、僕は紙袋を持ったまま 呆けてしまっていた。


何とも単純な話だが、

好意を寄せる女性の言葉だ、仕方ない。


「………役得、と思っていいのかな?これは」


取り敢えず明日、猿飛君に会ったら礼を言っておこう。




『ささやかな春』














「無鉄砲に戦いを挑んで、それで敵わなかった時はどうするんです、旦那?」

「兎に角全力でぶつかって…それで駄目なら桜の花のように散るまでだ。それがもののふ の、もののふらしい死に方だと、俺は教わってきた」

「もののふらしい、ね。……何時だったか、偵察に行った国で、詰め腹斬る場に居合わせたんですが、ひどい もんでしたよ」

「―――……」

「介錯が上手く首落とせなかったらしくて、奴さん腸飛び散らかしてのたうち回ってました。

ありゃ…『散る』なんてもんじゃない、『散らばる』だ。人が死ぬってことは、そう言うことですよ」

生きるも死ぬも、それ位の覚悟がいるってことです。





『花散ることは』













痛みも想いも手放して微笑うのと

痛みも想いも抱えて泣くのは


どちらが幸せなのだろうか?




「たった一言で良い、お願いだから俺に命じてよ旦那」


常にある道化じみたものでなく、ひどく穏やかな声音

少し首を傾げて、困ったように笑う佐助


「『忘れろ』って」


涙もなく 嗚咽もなく

取り乱すこともせず 嘆くこともせず

ただ、静かに


「そしたら俺、全部忘れるから。忘れてアンタの忍にちゃんとなるから」

だからお願い

「『長曾我部元親を忘れろ』って言って」



愛する者を亡くした痛みに耐えていた

否、堪えきれないからこそ、俺に懇願している

主の命令を

それに縋らなければ、己の理性だけでは壊れてしまうから


だから、この静かな声は押し殺した悲鳴なのだと

理解っている、のに


「命じて、幸村様」

助けてよ


恐らく、俺が願いを叶えて命じれば、この有能な忍は己に暗示を掛けて全て忘れるだろう

己が愛した男を

声を 姿を 想いを

亡くした痛みと共に

そうして、何事もなかったように笑って俺に仕えるのだろう



それは、泣くことも叶わない痛みを抱えた佐助にとって、唯一楽になる方法で

本人が望んでいることなのだと

理解していながら


それでも俺は―――



「それは、出来ぬよ佐助」

「―――………」


佐助に彼の鬼を忘れて欲しくなかった

想いを手放してしまったら

哀しみは失せるだろう そして 喜びも失うだろう

残るのは、心を亡くした抜け殻/忍が一つ…


だからこれは

「俺は、『忍』のお前ではなく、『人』のお前を失いたくない」

あまりにも利己的な答だった


佐助は、淡い笑みのまま 静かな声のまま


「酷いよ、旦那」


絶望した


「ああ…酷いな」


己が傷つけたと分かっていながら、それでも俺は

緩やかに壊れていく佐助の心を留めようと、その細い身体を抱いた





『幸いの在処』













後書き




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