「また何か新しいカラクリでも作ったの?」

「いいや、今回は外から仕入れてきた。時計だ」


剥き出しの歯車はなるほど、木材ではなく金属を細かく加工したものである。

流石にこの鬼にはない南蛮の技術。


「お前もこういうの好きだろ?」

「まあ、アンタ程酷くはないけどね」


揶揄を混ぜつつ異国のカラクリに触れる。

近付けると、規則的な音が聞こえた。


カチカチカチ…


「時間を刻む音だ」


と元親は告げる。

耳を歯車に近付け瞑目する。


カチカチカチ…


ぽつりと


「人の心臓に似てる」


この、音。

そう呟いた。

人の手による作り物と、人の命と。

風変わりな感想に元親は笑い、


「落ち着くか?」


鼓動を聞いて眠る童のように。

答えは短く


「いいや」


否定で。

継ぐ言葉は静かに


「煩くて、耳障りで…止めたくなる」


確実に、狙う処は定まっていた。

音が聞こえる限り、止まるな。

確実に仕留めろ。

外道の性が責め立てる。


「そうか、なら、コレも煩いか?」


不意に、告げられた言葉と共に、手首を掴まれる。


「―――………」


そうして引き寄せられ、押し当てられた。

元親の胸に。

心臓に。

指先から、熱と心音が伝わる。


トクントクン…


生きて在る音。

止むことのない。

何と直接的で素のままの問いかけか。


「いいや」


先程と同じ答え。

緩く頭を振る。


「コレは、落ち着く」


クスリと浮かぶのは、微笑か苦笑か。


「止めていいものとそうでないものぐらい、区別してるよ」


そうして「そこ」へ口付けを落とす。


この音が、一瞬でも自分より永く在ることを祈りながら。




『刻々』








出会った当初は、

「鬼殿」

と。

名も、身分も、己を鬼と呼ぶことも告げる前に

ごく自然にこの男はそう呼んだ。

知っていたのかと尋ねれば、案に反して相手は驚く。

本当に「鬼」なのかと。


「それじゃあお前、なんで俺をそう呼んだ?」


「鬼殿…元親殿が海の御仁で、ここ/甲斐が山の国だからで御座る」


生真面目に答えられても、疑問は解けず。

首を傾げるばかり。

要領を得ない俺の様子に幸村は、


「分かり易く言えばこうで御座る」


と、不意に腕を俺の背に回し、こちらが抵抗するより前に抱きついた。


「なっ…?!」


驚いたのは一瞬。すぐに幸村は身体を離す。


その時、鼻腔を掠めた匂い。


草深い野/陸の匂い。


己の纏う潮の、海のと異なる。


「合点がいかれたで御座ろう?」


先程の自分の行動に何のてらいも見せず、無邪気に幸村は微笑う。


「元親殿の匂いは、ここ/甲斐では異なるもの故、異邦/鬼の方と言う意味 でお呼び致した」

逆に、某が貴殿の国/海へ参れば、某が「鬼」と呼ばれるで御座ろう。

「―――…成る程な」


幸村の言葉の通り。


海に住む俺はここ/山では鬼/異邦人であり、

山に住む幸村もまた、あそこ/海では異なる存在であろう。

互いに遠い匂いを纏う故に。


「確かに、分かり易い話だ」


言い、俺は思わず笑った。

匂いで区別するなど

そうして、己の匂いを相手に認識させるなど


単純で、どこまでも獣じみた男。

それが真田幸村の印象であった。





『ウミサチヒコ/ヤマサチヒコ』








「別に、一人で寝られないとか、怖いとか、そんなんじゃねぇべっ。 ただちょっと、お前さのその変わった布団に寝てみたいだけ…」


風の強い晩。

枕を抱えてやって来た小さな客がまくし立てるのを、


「いいから入れ」


夜具を開いて受け入れた。


―――こうしていれば、普通の餓鬼と変わらないのにな


傍らに眠る童女の顔を眺めながら、政宗はふと微笑む。

虚勢を張りながらも、喜多ではなく自分の寝間に来た事を、愛らしいと思ったから。

緩く波打つ銀糸を撫でると、


「う…ん」


コロリ


いつきは寝返りをうつ。

銀髪が政宗の指をスルリと逃げた。ほんの少しだけ距離が出来る。

最初、政宗はその様をたわいないものとして眺めていた。


コロリコロリ


今度は一回転。

だが、動きは止まらず、いつきはそのまま寝台の上を転がって行く。


「おいおい…」


コロリコロリ…


とうとう寝台の端まで転がり、その勢いのままいつきは頭から落ちる…


ガシっ


「safe…危なかったぜ」


寸での所で、政宗はいつきを捕まえた。

銀髪だけが縁から飾り房のように垂れ下がる。それでもいつきは変わらず 寝息をたてていた。

元の位置に寝かし直しながら、


「全く、豪快な寝相だな」


leadyにしちゃ、はしたない

やれやれと言った体で夜具をいつきに掛ける。

が、


コロリ


「って、おい!」


再び寝返り。

先程と同じくいつきは転がる。


「まさかワザとやってんじゃねぇだろうな?」


しかし、安らかな寝顔に偽りはなく。

無邪気に自由にコロリコロリ


「………」


暫く、いつきが転がっては捕まえ、転がっては捕まえを政宗は繰り返すが、 一向に落ち着かない。


「ったく、仕方ねぇな」


言い、政宗は横向に寝て下になった腕を伸ばす。

伸ばした二の腕に、眠るいつきの頭を乗せ、もう片方の腕で抱きかかえる形で身体 を固定した。

小さな身体は、腕の中に丁度よく収まった。


「これで良いだろ」


片腕で器用に夜具を掛け、ようやく寝入る事が出来る。

いつきも無意識に満足したのか、寝返りを止め、政宗の方へと身を寄せた。


「今度から寝相も治させねぇとな」


一人ごちつつ、意識は微睡みへ。

腕から体温が伝わり、童特有の温かさが心地良い。

己より小さく速い鼓動に耳をすます。

次第にそれは自分の心音と交わり、溶けていく。

その音に政宗は意識を委ねた。





翌朝、畑の水やりを終えても、朝の遠乗りと稽古に出てこない主に訝しんだ小十郎

が政宗の寝間へ行くと、


「姉者、そこで何を…?」


寝間の障子の前で、喜多はどこか楽しそうに控えていた。


「しー」


喜多は人差し指を立てて弟を制す。

そして、目線で自分の隣に座るよう促した。

釈然としないまま、小十郎は姉の言葉に従う。

少し声を落として、


「政宗様はまだ?」


問いかけに、柔らかな、まるで小さいものを愛おしむような微笑が返される。

同時に、


「ご覧なさいな」


と障子を薄く開ける。

言われて小十郎は中を覗くと、すぐに姉の微笑の訳を理解した。


寝間の奥、南蛮渡りの寝台に、互いに寄り添うように眠る主と童女。

その寝顔はどちらも安らかで、どこまでも微笑ましい。

普段はけして見せない政宗の穏やかな顔に、小十郎は姉と同じように微笑み、 障子を閉める。




そして忠実な姉弟は、互いに微笑を湛えたまま、主と童女が起きるまで 静かにそこに控えていた。




『夜は静かに』








後書き


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